第36話おっさんの実験と親子喧嘩
怪しい視線を感じた水浴びを終え、着替えて下へと降りると、丁度夕食の時間のピークが終わっていた。
『青亭』では、朝は6時から9時、夜は16時から20時に食事がとれる。
宿屋によっては、居酒屋のような酒やツマミを売るスタイルを兼業しているところもあるが、ここの宿のように奥まったところにある場合は、時間通り朝と晩の2回食堂が開くだけとなっている。
そしてシステムもいたってシンプルで、毎朝更新されるメニューに従い
決まった定食1〜3で選ぶ方法だ。
ちなみに今日の夜のメニューは
1、ホーンラビットの蒸し焼き
2、ビッグボアの炒め物
3、ホロドリの唐揚げ
となっていた。
これはどれも美味しそうです。
それにしても歴代の勇者が食の改革を行い、この世界でも元の世界と似ている食事を取ることができるのは有難いですね。
そもそも私では、食改革で儲けるなんてテンプレは絶対に出来そうもありませんから。
「はいよ。いっぱいお食べ」
「ありがとうございますニイナさん。頂きます」
目の前に置かれたのは、ホロドリの唐揚げとスープ。そして麦飯のようなご飯だ。
師匠の家のご飯は文句無しに美味しかったですけど、ここも負けず劣らず美味しそうですね。
大きめに作られた唐揚げが4つと、大ボリュームの定食に箸を伸ばす。
「うわっ 美味しいですね!」
「おっよかった!朝はパン。夜はご飯がお代わり自由だ!いっぱいお食べ 冒険者は体が大事だからね!」
噛んだ瞬間ジュワッと溢れ出す甘い脂に、腿肉の柔らかい食感。
ホントにご飯が何杯でもいけそうです。
結局3杯のご飯を平らげ、満腹になった重いお腹をさすりながら部屋へと戻ることになった。
「ふー。苦しい……。調子乗りすぎましたね。」
寝転び、天井に向かい大きく息を吐き出す。
「まったく。油にもたれないこの胃のせいですよ。あんな大きさの唐揚げ、前は一個でも胃もたれが起きてましたからね……。若さって素晴らしい!」
この調子なら、普段は食事で苦労する事は無さそうです。街にも美味しそうな食べ物が溢れてましたからね。
「さてと……」
重い体をなんとか起こし、床へと座る。
ただ不思議と疲れが軽くなり、調子がいい。
そして、バッグから今日採取してきた薬草を取り出し、右手に掴む。
これが何故最低評価なんでしょうかね。
薬草を見るとその品質の良さに、ついギルドでの対応を思い出す。
感情任せになる事はないですが、これが普通なら薬草でどうにかするのは効率が悪いですね。
そんな事よりも
「あとはコレですね」
目の前にあるのは2種類の水。
一つは井戸の水をそのまま。そしてもう一つは井戸の水を煮沸して冷ましてもらった水だ。
普通なら煮沸するんですが、ここは物は試しってやつです。
勿論どっちの水を持っても直感が『融合』できると告げている。
その差は……。
「あまり感じませんね」
では。早速。
『融合』
煮沸した水での、いつもと変わらない材料の『融合』は、抵抗感なく少しの吸われた感じを残し、渦とともに【ポーション】が完成した。
「いつも通りですね。まあ当然ですが」
それでは次です。
『融合』
何かしらの変化があるかと思い、発動した『融合』は予想を裏切り、先程の感じと殆ど…いやまったく変わらず目の前に【ポーション】を生み出した。
「ん〜。意外と言うか。城での最初の『融合』に近くなる覚悟もしてたんですけど」
並べて観察しても、色も同じで含んでいる魔力の量も質も違いは見当たらない。
「同品質のポーションですね。あそこの井戸の水が綺麗だったと言う事でしょう。それなら態々煮沸して貰う手間がなくていいですね」
結局汲んできた井戸水を、そのまま融合に使う事を決め、次の実験を開始する。
右手に木材
左手に木材
目の前に椅子を置き、それと同じ材料分の木材を手に持つも、融合できるような直感は働かない。
今までにも様々な物を両手に持ってみたが、反応する組み合わせはわずかだった。何でもかんでも漫画の錬金術のように生み出せるスキルでは無いようだ。
「やっぱりダメですか。材料の必要な量も同じにして実物の作り方も見てきたんですけどね。」
実際。目の前にあるイスは職人が作っているのを最初から見ていた。その上で同じ材料とその椅子をポーションと交換してきたのだが、直感が働くことは無い。
ここまでの実験である結論を導き出した。
「魔素…魔力ですかね。それが含まれている素材を含む。それといくつかの条件ってところですかね」
結局答えのでないまま、10本程のポーションを作ったあと。
魔力訓練によって魔力を枯渇させ、ベッドへと倒れた。
次の日、窓から差し込む光で寝足りないだるさなどなくスッキリと目を覚ます。
そして下へと降りると、棚には朝食が用意されていた。
「頂きます」
朝食の厚切りのベーコンと、目玉焼き スープ
そしてパンをかじりながら、今日の予定を考える。
「ん〜………ギルドには行きたくないですね。今日は」
「それなら街を案内しましょうか?」
ボソリと呟いたところに、ひょっこりと可愛らしい女の子が顔を出した。
どことなく誰かに似ている。
「えっ?あのキミは?」
「あっすみません。私はネル 18歳 彼氏募集中です!」
ぐふふふっと最後に怪しげな笑いを浮かべた少女は、ネルと言うこの宿の娘さんだと言う事だった。
言われて納得する。よく似た親子だった。
「タクトです。昨日からここにお世話になってます。」
「はい。昨日ママから聞いてますよ。それで、もしよかったら街。案内しますよ!」
机に乗った大きな胸に目を向けないよう、必死で視線を顔だけに向ける。
ネルさんは、紛れもなく親子だった。
「そうですね。今日はどうしようか丁度考えていたところです。お願い……」
「何言ってんだいこの子は!ごめんよタクト。今日は手が足りないんだ!このバカ娘!」
ズゴッ
忙しいそうにしていたニイナさんのゲンコツがネルさんの頭上に落ちる。
「痛っ!ママ!暴力反対。ねっタクトさん」
いつのまにか、ぎゅっと腕を抱きかかえられる。
「…………」
その感触が腕に伝わるその瞬間まで、全く腕を取られたことに気付くことができなかった。
「あんたがタクトに迷惑かけてるからだろ。しょうがないから地図でも書いて渡してやんな。どちらにせよ生活用品は必要なんだろ?」
何も言えず固まったこちらをよそに、人目を一切気にしない、コントのような母娘喧嘩が終わると、結局ネルさんではなく女将さんが、おススメのお店をスラスラと簡略図付きで書いてくれた。
ネルさんは、部屋の掃除があるそうで早々に退散させられていましたが、ちらりとこちらを見るその目が何処かで見た事があるようなちょっと心配な子でした。
しかし、いつのまに私の近くにいたんでしょうか?
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