第35話おっさんの新たな拠点と怪しい視線

 納得のいかない気持ちを無理やり抑え、ギルドで荷物を受け取ると、真っ直ぐに宿へと向かう事にした。


 到着した宿は大城門からギルドと大通りを挟み反対側にある地域の一角にあった。


『青亭』


 師範から教えてもらった。おススメの宿屋だ。

 ギルドからも大城門からも近いが、少し中に入る分わかりづらい立地の為、満室になる事はないらしい。


「ごめんください」


「はいよー!ちょっとまっとくれ」


 快活な声が受付の奥から聞こえ、すぐに女将と思しき女性が出てきた。


 少し太めだが、グラマラスとも言える。なんとも優しく安心感のあるスタイル。そしてよく整った顔をしていた。

 あと少しウエストが締まっていればどストライクである。


「すみません。部屋は空いてますか?1人です」


「おやまあ。若い子だね。その様子じゃ今日ここに着いたのかい?服が随分汚れてるじゃないか。大変だったんだね。部屋は空いてるよ。1泊3,000トールだよ。朝夕の食事付きでね。水浴びは裏庭の井戸を使って構わない。お湯が欲しけりゃ桶一杯20トールだ。10日分で25,000にできるけど泊まるかい?」


 若いと言われるのは少し慣れませんね。なんといっても元は40目前ですから。女将さんの方が若いくらいです。

 が今は17歳ですからね。慣れるしかないでしょう。


「はい。今日、冒険者登録をして、これからここでと考えてます。服は……すみません。ちょっと派手に転んでしまって。部屋汚さないようにしますんで。よろしくお願いします」


「はいよ。冒険者になったってのに随分丁寧な子だね。私はここの女将ニイナさ。あとは娘が手伝っているけど、今別の仕事をしてるから紹介は次の機会かね。いい女2人だけど腕っ節には自信あるからね。やんちゃするんじゃないよ」


 ふん。っと力こぶを作るような仕草を見せ笑う女将さん。

 お茶目な人ですね。


「はい。あっタクトです。取り敢えず10日分でお願いします。」


 そう言うと身分証を取り出しカウンターの上の石にカードで触れる。

 石の色が一瞬青く光ると、カードの残高が195,600トールとなり、きっちり25,000トール分減っていた。


 201と書かれた鍵を受け取り、荷物を置くと裏庭へと降りる。

 師範がここを勧めた理由の一つで、ここには演武に最適な、外から見えないように壁に囲われた広めの裏庭があるのだ。


 演武を始めるため、師範に頂いた特殊な剛棒の布を外す。

 剛棒の中心の帯が付いている今の状態は非常に軽い。Lv1lv2くらいでしょうか。


 そして外すと……

「おっ」ずっしりですね。これはLv3lv5くらいですか。ちゃんと使えるように精進しなくてはいけませんね。


 そしてこれが魔石ですか。

 帯を外すとそこには赤い魔石が着いていた。真っ黒な剛棒に取り付けられた赤い宝石のような魔石。

 強敵が現れた時には外せと言っていましたね。本当に緊急の時なんてこない事を祈りましょう……。


南無


 とりあえず、ある程度の重さが必要でしょうね。

 流石に今ならLv1は軽く感じますよ私だって。初日は重くて両手でも持てませんでしたからね。13日とはいえ、成長したものです。


 帯をはずして演武をしましょう。


「うん訓練時と同じくらいの重さですね。」


 Lv3くらいで、収納具をつけると0とか1という事でしょうか?不思議な収納具ですね。でも持ち運びには便利ですし、強度は高Lvの硬さがあるって言ってましたからね。とっさの時でも大丈夫でしょう。


 ほんと、討伐時と持ち運び時に、重さが変わるのはいいですね。


 58分

 ふー終了です。これくらいのペースがいいですかね。やはり慣れた重さでやるのが一番です。


 演武を振り下ろしで終えると、地面の土は滴り落ちた汗で湿っていた。


 それにしてもあれが魔物ですか。

 汗を拭いながら、今日の森でのゴブリンの姿を思い出す。


 そして恐怖に震えた自分を思い出すと、手にジワリを汗をかく。


 世の中の小説の主人公たちは、あれを初めてみたその瞬間に忌避感なく倒せるっていうのは、やはり何かしらの補正がかかってるんでしょうかね。


あんな凶暴な顔で凄まれて、動物を殺すのだって躊躇しそうなのに、いきなり惨殺して「レベルアップー♪」なんてよく喜べますね……。私には無理です。


 セイドウくんも余裕なんでしょうか?


 彼らだって、元はれっきとした一般人だったでしょうに。

 何事も慣れなんでしょうか。魔物は魔物ですしね。動物とは違うと考えましょう。


 怖いのは確かですが、いつまでも外に出ないというのも……出来ないですよね。


 剛棒をしまい、井戸の近くで水を浴び、汗を流す。

 しゃがみこみ、井戸に身を隠しながら水を浴びていると、なにやら視線を感じた。


 おそらく見られてしまいましたか。

 あの後ろ姿は女の子でしょうか。タオルを持ていたと言うことはここを使うつもりだったんでしょう。


 ここの従業員でしょうか。そう言えば娘さんがいると……。まあ薄暗いですからあの距離じゃ見えなかったですよね。


★SIDE **


「はわわわわ。」


 見てしまいました。見てしまいましたよー。男の人の体ですー。

 こんな時間に水浴びしてる人がいるなんて、思いませんでしたー


 はい。嘘です。何やら武術の訓練をしようとしていたので、もしやと思っていました。汗をかきますからね。

 もちろんカモフラージュにタオルも準備してますよ!


 それにしても良く締まった体ね。上着を脱いで棒を振っている姿はヤバかったわ。

 細い感じだけど、薄っすらだけどしっかりと無駄のない筋肉が…それに下には立派な……。私にとって夜の暗さなんて。じゅる。


 おっと涎が……。


 それに興奮しすぎて、少し勝手にちょっかい出しちゃましたし…くふっ


 それにしても


 はぁはぁはぁ


 これは、運命の出会いの予感です。くふふふふ。


★Side タクト


 ぶるっ

 おや。水浴びで少し冷えましたかね。なんだか悪寒が……。


 色々あって疲れたみたいですね。今日は食事を頂いて、やる事をやって早く寝てしまいましょう。


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