第33話おっさんの依頼報告と命懸けの対価
ゴブリンからの逃走により、川から離れてしまった森の中を、大回りして川の方角へと戻る。
逃げた方向から大体の位置は分かっていた。
そこを起点に街へのルートを地図で確かめると、顔を川で洗い、すぐさまリュックを背負い直し、行きに来た道を目指し先を急ぐ。
ガサっ
「ひっ!」
木の根元に生える茂みから、ホーンラビットが1体飛び出した。
それだけ、たったそれだけで、倒し慣れたはずのホーンラビットに城とは違う野生的な力強さを感じるとともに、全身に恐怖がまとわりついた。
怖い怖い怖い怖い。助けて助けて!
震える体を必死に押さえ自分が今、大森林という魔物の領域にいる事を実感する。
しかしそのまま何もなかったかのように、ホーンラビットは去っていく。
本来ホーンラビットは巣などを破壊したり、こちらから殺気を見せなければ襲ってこない。
城での最初の襲撃は、後から確認すれば見事に巣を踏み抜いてしまっていた。
それなら怒るのも無理はなかった。
しかし、ホーンラビットが過ぎ去った後も震えと、動悸がおさまらず。木の根に寄りかかるように座り込む。
「どうしてしまったんでしょう。スライムだろうが、ホーンラビットだろうが今迄何度も倒してきました。決して倒せない相手ではないでしょうに。」
震える膝に喝を入れるように力いっぱい拳で叩き続ける。
風で揺れる木々や草々の揺れる音でさえ、その直後に魔物が出てこないか不安を煽る。
スキルに探索系が無い以上、頼れるのはそのような物音や匂い、違和感などの視覚を頼るしか無い。
しかし、今はその全てが不安を煽る材料となる。
自分では抑えきれない殺す殺されるという事への恐怖 忌避 抵抗感
ポーションをかけ治ったはずの殴られた左頬が、今になってジンジンと痛む感じがする。
冒険者タグを握り、心を何とか強引に奮い立たせると、一気に街へと向け地面を蹴った。
森から飛び出し街道へと出た後も、必死に走り続ける。
「ついた……」
汗だくになりながら門へと着くと、冒険者タグを見せ街へと入った。
街へと戻ると驚くほどあっという間に高鳴る鼓動が落ち着きを取り戻し、頭の中の混乱がクリアになる。
「はぁはぁはぁ。何故こんなにも必死に……」
分けのわからないほど、恐怖に支配された心が、ゆっくりと落ち着きを取り戻す。
一言お礼を言おうと門の周囲を確認したが、残念ながら先程の親切な門兵は、いなかった。
今度会ったらまた話しがしたいですね。
そして、足早にギルドへと戻ったが、あまり人はいなかった。
まばらに座っている食事処で早くから酒を飲む冒険者に目をやり、中へ入りカウンターに目を向けると、まだ混む時間には早いらしく、受付嬢が一人で対応していた。
「ん〜。どうしましょうか……」
あの意地の悪い受付嬢しかいません。
運の悪い事に、唯一いた受付は、朝の原因を作った狐目の受付嬢だった。
無事に終わる気がしません。
一瞬改めようという考えが頭によぎる。
かと言って後で行けばあの4人組に出会う可能性が高まるだろう。
そして、今日中に依頼を一つ報告する義務もありますからね。しょうがないです。行くしかないでしょう。
意を決してカウンターへと向かい、依頼品の薬草のバッグを見せる。
「お願いします」
「あ!あんたは!まぁいいわ。で?」
何かを言いかけやめたものの、相変わらず不機嫌さを隠さない対応。
私も運が悪いですね。
「薬草の納品をお願いします」
「出しなさいよ。素人の薬草なんて面倒くさいのよ。と言うか汚いわね。薬草取りに行ってどうしてそんなに汚れるのよ」
よく見れば、茂みにはいり、地面に転がったその服はドロドロとなり、かなり汚れていた。
それにしても低ランクとはいえ、冒険者への対応はそれでいいのでしょうか?もと事務職としてもこれが普通の会社に未来は無いような気がしますが……。
「ちょっとゴブリンに追いかけられまして……。でも結構いいのが多く取れました。お願いします。」
対応は悪いが、やる事は変わらない。
受付嬢の前にあるトレイに採取してきた薬草の袋を出せば、その品質に応じた報酬が渡される。
「ゴブリンから? 逃げたの?ほんと弱いわね。あんた。ちょっと待ってなさい。」
鼻で笑い、そう言うと乱暴に薬草の入った袋を掴み薬草を取り出す。
うん。やはりよい品質の薬草ですね。
そして一目見ると、出されていた冒険者タグに判子のような物を押す。ものの10秒程の作業だった。
「はい。終わり600トールね」
600トール。
持ってきた薬草は30束。
5束で標準評価200トールの依頼だ。つまりは1200トール。
採取スキル持ちが採取すれば、見なくても標準品質での採取が可能である。その半分。つまりは最低評価。
しかもほとんど確認もなしに……。
ろくに見ずに、最低評価での受理ってことですか。
「えっ」
それは、私が命がけで採ってきた高品質の薬草。
納得いかないですね。
「さっさとどいてくれる?つまってるのよ」
抗議をしようと口を開いた瞬間。後ろから圧力を感じる。
どうやらタイミング悪く、列ができてしまっていた。こちらとは目も合わせない受付嬢。
朝の出来事がフラッシュバックし、心臓のあたりがザワザワとする。
しょうがないですね。
宿にも向かわないといけませんし、何よりもまた絡まれても面倒です。
ここは引きましょう。
道中。急に怒りがこみ上げる。
なによりも弱い自分に……。
悔しいですね。
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