第20話おっさんの演武と愛の指弾

 ★7日目


「はっ!!」


 ふー。1時間20分ですか。だいぶ早くなってきました。


 もう少しで1時間を切れるんじゃないでしょうか。

 1時間切るまでは師範もこの剛棒を用意したっきり、客席でみてるだけですからね。


 偶に演武の型が崩れたりすると、指弾で弾かれた石が超高速で足元の地面にめり込みますけどね。


 優しい師範は一度なら当てないでくれます……一度なら。


 当てるときは手加減してますが、地味に痛いです。


 折り返しとなる7日目。

 ジーマ師匠のお陰で、飢えることも栄養失調になる事もなくこの異世界で無事生き残れています。

 この7日で、魔力の訓練も少し先へと進み。


 魔力を体内を操作し動かす『魔力操作』

 一定量の魔力を循環させる『魔力循環』


 そして


 魔力を部分的に増加させる『魔力集中』の訓練が追加されました。


 この3つについては、拙いながらもやる事は出来ました。

 まあ実戦に使えるレベルにはまだまだですけどね。


 師匠曰く、魔力の訓練はこの3つを行うのが基本だという事ですので、やっとスタートラインに立てた感じです。


 あとは

 より身体能力の強化に優れた『強化魔力』


 ファイアボールやアイスボールなど基本的な属性魔法である『属性魔力』


 シールド魔法のように、魔力自体を壁や物理的な硬さを持たせる『具現化魔力』


 のように『魔力変化』と呼ばれる応用があるらしいです。


 魔法を使うというのは一般には『属性魔力』ですので、誠道くんはバンバン撃っていますが、属性魔法を使えない私は魔法はまだ使えないという事になりますね。


 そして師範による武術指南ですが……。

 はい。今師範は客席でうたた寝中です。

 まぁ終われば起きるので、あんな感じでもみてくれているのでしょうね。


 指弾も撃ち込まれますし……。


 今も最後の打ち下ろしとともに一瞬目を開けてました。あとはマラソンなので、また寝直したみたいです。


 誠道くんから見れば、くたびれた爺さんに棒を持たされ、素振りしかさせてもらえない見放された男って感じでしょうか。

 最初の1日目以外殆ど客席にいますしね。うちの師範……。


 まぁ目立つよりかはいいですかね。


「師範!演武終わったので走ります!」


 一言かけ次のマラソンへと移りますが、その前に汗を拭いて、水分補給です。


 ん〜……?

 やはり1週間やったくらいじゃ見た目、あまり変わりませんね。

 こっちに来て若返って、あのプヨプヨの中年体型だった時よりも、それなりに締まった体になったとは思いますが……。


 汗を拭きながら体の筋肉の付き具合を確認する。


 摘んでみても、余計な脂肪はない感じですが、カッチカチって感じではないですね。


 周りの騎士達の筋肉ときたら……。

 この時間は他の騎士達も訓練をしていることが多いのですが、見た目プロレスラーが、いっぱいいますからね。


 細身に見える騎士でも、脱げばかなり鍛えられているのが分かります。しかし爽やかな顔とボディービルダーのような筋肉のギャップが凄いですね。流石にテカテカはしていませんが……。


 それに、剛棒も相変わらずかなり重いです。

 最初に剛棒を渡された時から、あまり負荷が変わらないというのは、中々訓練の成果が出ていないと考えればいいのか、あれだけ苦労して持っていた剛棒をある程度振れる程度には成長したと考えるのがいいのか。


 いや!5時間かかってたのがもうすぐ1時間ですからね。

 演武の順番を覚えた分早くなっているんじゃないかという疑惑はありますが、ポジティブに考えましょう!


 まっ。地道にやりましょうか。地道に。若者と違ってコツコツ地味な作業でもやれるのが、経験を重ねた中年の強みですから。そこは誠道くんに負けないと自信を持って言えます。はい。


「走りますか……」


 摘んでいた腹から手を離し、剛棒を持ちながら屈伸をする。


 ここからのマラソンには、ゴールや目標がない。何周走れば良いのか。どのくらいの速さで走れば良いのか。

 そういう指示は一切ありません。


 それまで!


 この声が師範から出るまで、1周毎に剛棒の持つ手を変えながら走り続けなくては、なりません。


 さて行きましょうか。



「なあタクト。俺が訓練してやるよ」


 5周目に差し掛かった所で、午前の訓練が終わった誠道くんが初めて声をかけてきました。


 いつもならどさくさ紛れに魔法を足元に撃つだけだったんですが。


「いえ。セイド…ヒジリさん。これでもまだ訓練中なので、折角ですが遠慮しておきますよ。走るので精一杯ですので」


 セイドウくんと言おうとしたところで、鋭い視線を感じた。


「は〜ぁ⁈訓練っつっても棒もって怪しげな踊りを踊って、最後に走ってるだけだろ。あの老いぼれも最初の日以外寝てるだけじゃねえか。どうせ起きるまで見ちゃいねえから俺が見てやるって言ってんだろ?」


 ぐっ…怪しげな踊りとは言い得て妙ですね。たしかにあの演武は停止の動きを極力無くし常に体を動かしているので、外から見ればメリハリがないので違和感が凄いんですよね。


「あれでもちゃんと見てるみたいなんですよ。厳しい方なので私は訓練に戻りますね」


 そう言ってマラソンに戻ろうとすると


「タクトー。何度も言わせんなって。この国のトップに俺は指導を受けてんだぜ。そのお零れをやろうって話なんだ。っよ!」


「グフっ…ご あ ぁ 何…を」


 一瞬で距離を詰められ、剣の柄がそのまま腹にめり込む。ギリギリ力を込められたがダメージを減らすには至らなかった。


「おいおいおい。これでもだいぶ力を抜いてやったんだぜ?そんなんで大丈夫かよ。冒険者ってのになるんだろ。剣使え剣。」


 剛棒を支えに何とか立ち上がる。しかし腹部を強打された影響で思いっきり呼吸する事が出来ない。

 細かく息を吸いながら。何とか肺に空気を貯める。


「そ…で す ね……。ご しん ぱ いあり が ざい ま す」


 細々と溜め込んだ空気で、言葉を絞り出す。


「後1週間しかねえんだろ?俺の補佐に戻れよ。な?荷物持ち位にはなるだろ。そうすれば城で暮らせるように俺から言ってやるよ。なっ?」


「だい 丈夫 です よ。気ま まにひと りで 生きて いきますから」


「ちっ使えねぇ!」


「グっ」


 やっと立ち上がった所で、追い討ちのように前蹴りが飛び、体が後ろへと倒れ転がされる。


「おい!何をやっているんだ!」


 私が倒れた所で、騎士団長のホーエンが戻り声を上げた。


「帰ってきやがったか。おいタクト。俺の誘いを断った事。後悔するんだな。」


 ふー。

 終わりましたか。ホーエンと言えども私に関わるつもりはありませんからね。


 今回も止めたのではなく、普通に次のスケジュールのために呼びに来たんでしょう。勇者様は忙しいですからね。


 痛む腹に魔力を集めると、それまで感じていた痛みが少し引いた。


 マラソンを再開しましょう。

 師範から「それまで!」と言われていませんからね。


 そうして一悶着はあったが、折り返しである7日目も終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る