第21話おっさんの成長と新たなステップ

 ★8日目


「はっ!」

 時間を見れば59分30秒を回った所。


 やりました!

 ようやくギリギリですが、1時間を切りましたね。


 心なしか体が軽い気がします。

 なんかこう、達成感的な高揚感でしょうか。目標を達成するって嬉しいものですね。久しく忘れていました。


 営業の人達は、この喜びも、達成しなければならない辛さも、知っているんでしょうね。


 そのプレッシャーを常に抱えているとすれば、営業至上主義になってしまうのも分からなくはないです。

 同意はしませんが……。


 それでも剛棒Lv1でやっとクリアですか。先が思いやられますね。


「ようやく合格ラインとはの、全くお主ときたら。」


 そうですね。そう思います。

 でもようやく師範が下に降りてきてくれましたね。あまりにギリギリだったので気づかなかったらどうしようかと思いましたが。杞憂でした。


「はい。師範。だいぶお待たせしました。申し訳ありません」


 それよりも今日は、最初から剛棒を持参してたみたいですね。

 これでも少しは、今日中にクリア出来ると期待してくれていたんでしょうか。


「うむ。ではこれより、剛棒による棒術を教える。」


「はい!よろしくお願いします!」


 おぉやっぱり剛棒と言っても棒術なんですね。でも殺す事を前提とした実践で、棒術というのは一般的なのでしょうか?主に殺傷能力と言った点で


「ふん。相変わらず顔に出すぎじゃぞ。安心せえ。わしも棒術持ちじゃし、これは棒ではない。剛棒じゃ。こんなもんを振り回すんじゃ。殺傷能力があって当然じゃろ。金棒より重いんじゃぞ」


 あっ確かにそうですね。


 おそらく私のよりはるかに重い剛棒を、師範がバトンのように振り回すとその風圧だけで体が押される。

 これは殺傷能力に疑問を持っている場合ではないです。


「当たってみるかの?」


 当たったら死にます。確実に死にます。


「理解しました!」


 このご老人怖すぎます。えっ?異世界のお年寄りってみんなこんなに元気なの?

 異世界老人2/2で元気すぎる件……外出るの怖いんですけど!


「うむ。よろしい。では見とれ。武術の基本は見取りじゃ。足の位置、体の運び、視線全てを観察せよ。百聞は一見にしかず。観る事じゃ」


 そうですね。外で無事暮らせるように今は真剣に師範の技を盗みましょう。


 “円”


 その動きは演武を更に鋭くしたような動きだった。流水のように止めどなく、隙なく流れるように動く剛棒に、強弱、緩急が与えられる。


 美しい

 まさにその動きは紛れもなく師範が達人だと言わしめ。芸術的だった。


「どうじゃ?今の段階でお前さんが気付いた事を言ってみるのじゃ」


「はい。まずは円の動きでしょうか。いつもの演武が基礎の動きとなっているのかと。それと突く時よりも引く時の方が早い……いや意識の問題でしょうか。すみません。今はそれくらいしか。」


「まぁよい。ギリギリ合格点じゃ。ギリギリじゃぞ!よいか。棒術は単発の動きではない。常に攻防一体。隙なく流れるように扱うのじゃ。お前さんの気付いた通り突くときは引きを意識する。そしてこの一連の動き自体は剛棒そのものの重さを活かすのじゃ。まずは真似でよい。やってみぃ」


「はい」


 言われた通り、演武をなぞりながら動きに徐々に緩急をつけていく。突き、払い、打ち。その動作一つ一つを剛棒の重さ、戻しを意識し振っていく。


 ゴンっ


「いったっ」


 急に手に衝撃が走り、棒から手を離す。気付けば手の甲が赤く腫れ足元に小さな石が落ちていた。


 ズンっ!


 衝撃と痛みで剛棒を地面に落とすと、落とした場所の地面が凹み、土埃が舞う。


「ん?」


 最初にもらった時に落とした時は、こんなに土埃舞ましたか?


 まぁあの時は、布が巻いてありましたし。今と違って当然ですね。


「手を離すんじゃない!この馬鹿もんが」


「痛っ!」また石が飛んできましたか。

 前と違って恐ろしく早くて痛いんですが。

もうちょっと丁寧に教えてもらえないでしょうか。


 赤くなった手の甲をさすりながら、師範を見るとチャリチャリと音を立てながら手に持った数個の石を軽く投げては掴みを繰り返していた。


 まったくスパルタですね。

 でも大事な武器を落としたのは自分の落ち度です。これを落とせば私には戦う術はありませんから。どんな状況でも落とさないように、気をつけましょう。


 SIDE 師範

(ふー。危ないわい。こやつ勘付きおったか?まぁあの様子じゃ。鈍いからの大丈夫じゃろ。あの顔は石弾きを習えて貰えないか思案しておる顔じゃしな。今度教えてやるか……)


 SIDE タクト


「はぁはぁはぁ」


 これはこれは、中々キツイですね。

 もちろんマラソンと同じで、止めの合図が掛かるまでと言うのはわかりますが、すでに3時間以上は経っています。


 目の前で模範の動きを実践してくれている師匠の動きを真似ようと、一挙手一投足を見逃さぬよう集中して観察し、考え、更に動きが激しくなった分。正直、演武+マラソンよりもかなりきついですよ。


 それにしても同じ事。いやそれ以上の動きをしている師範は、汗一つかかずですか。一体何者なんでしょうか。この御老体は。


 それから更に1時間も経つと、何となく師範の次の動きが見えてきた。

 そして自分自身の動きも師範の後をトレースするのではなく、だんだんとその先をトレースするような感覚になって来る頃には、師範は模範演技を辞めていた。


「それまで!」


 その瞬間。師範の口から止めの合図がかかった。


「はぁはぁはぁ。すみません師範……もう…ぐふっ……」


 終わった瞬間。腰がガクガクと音を立てているように震え、立っていられず。棒を支えにして座り込んでしまう。


「情けないのう。まぁよくついて来たの。カッカッカ。凡人としてはよく耐えた。根性は一流じゃ。まぁその甲斐はあったんじゃないかの。ほれっ。ステータスを確認してみい」


 情けないと言いながら、優しげな顔で師範は労いの言葉を掛けてくれた。

 その師範の言う通り、私はステータスカードを開いた。


 名前 タクト・マミヤ

 年齢 17

 スキル 融合 採取Lv1 魔法操作Lv1 棒術Lv1 ステータスカード

 輝度 43


「おっ!」久しぶりにステータスを開きましたね。2つもスキルが増えているじゃないですか


「ほっほっほ。どうじゃ。高スキル持ちに、これだけみっちり指導を受けたんじゃ、棒術がスキルに出てるじゃろ?」


 あれでもだいぶ力は抜いていたと思うが、心なしか師範の動きがハッキリと見え、確かに棒の動きが、見違える程スムーズになり、良くなった瞬間だった。


「これからも精進せえよ。これでやっとお前さんは出発地点に立ったのじゃ。これからじゃよ」


 やはり師範は出来た人ですね。

 私の少し緩んだ気持ちを一気に引き締めてくれました。


 残り6日。死ぬ気で頑張りましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る