第49話 新しい約束 【2186文字】

 BBQグリルを囲んだ宴は、妙に盛り上がっていた。イアがSNSに投稿したいと言い出してカメラを構え、ユイが唐突に踊り出し、アミもそれに乗っかって踊る。


「そう言えば、アミ殿は今日、どこに行ってたのでござるか?」


「ん? アタシはカオリと一緒にサイクリングだよ。大丈夫。練習はサボってないから」


「カオリ殿と?」


「ああ。アイツ、二人乗り用の折り畳み式自転車を持ってきててさ。『一人じゃ乗り方が分からないから、教えてくれないかしら?』ってな。で、せっかくだからその辺をぐるっと回ってたわけだ。何度か転ばされそうになったけどな」


 後ろに人を乗せることが難しいとされる所以である。水の入ったペットボトルほど不規則ではないが、彼女もまたバランスを崩す要因たり得るようだ。


「ユイちゃん。ちょっといいー?」


 与次郎が手招きをしている。呼び出されたユイは、アミに軽く視線を送った。アミが頷くのを見て、それから自分の紙コップだけを持って歩いていく。


「どうしたのでござるか?」


「いや、ちょっと大会当日の事なんだけどさー」


 与次郎は軽く話しながら、近くのテントに腰を下ろす。地面に敷かれたシートの感触が、一層気分を上げてくれる。

 ユイもそれにつられて、与次郎の横に腰を下ろした。昼間の疲れからか、急に足を伸ばしたくなる。ぐーっ、と。


「それで、当日の事と言うと、作戦とか走順の事でござるか?」


「いやー、それとは別だよ。もしよかったら、大会が終わった後、時間を空けておいてくれないかなーって」


「おお、打ち上げの予定でござるな」


「いやー……まあ、それでいいやー。うん、打ち上げー」


「良いでござるな。どこかへ連れてってくれるのでござるか? 拙者は夜まで大丈夫でござるよ」


「そっかー。よかったー」


 与次郎としては、打ち上げも楽しみだったが、今回の本題はそれではなかった。が、目的は一応達成したというところだろう。


「絶対、優勝しようねー。ユイちゃん」


「む?」


 右側に座った与次郎が、まるで小さな子供の頃のように、右手の小指を出してくる。指切り、というやつだろう。


(随分と懐かしい真似をするでござるな)


 与次郎とは小学生の頃からの付き合いだが、こういう事は久しくやっていない。ユイは身体を軽く左に捻り、自分の右小指を与次郎のそれに絡ませた。


「絶対優勝でござるな。ゆーびきーりげんまーん」


「あ、歌うんだ」


「歌わないのでござるか!?」


「いやー、そこまではちょっと」


 本当に指を絡めただけで終わった指切りは、拍子抜けするほどあっさりと解かれる。

 何だろう? 今しがた約束を交わしたばかりだと言うのに、気分は既に裏切られた後のようだ。まるで自分だけが恥ずかしい事をしたみたいで、今更になって胸がドキドキする。

 そんなわけだから、ユイは自分の右手をそっとかばうように左手で包み、頬を膨らませた。与次郎はその隣でクスクスと笑っている。


「むーっ。もうよじろー殿の事なんか知らん! ふんっだ」


 すっと立ち上がったユイは、すたすたと鉄板に向かって歩いて行ってしまった。


「いやー、アタシはてっきり『ユイちゃん。この大会で優勝出来たら、付き合おう』とか言うのかと思ってたんだけどな」


 テントの陰から、アミがひょっこり顔を出す。これほど気持ち悪いにやけ面もなかなか見られないだろう。笑顔とにやけ面の違いを解説するなら教材にしたいほどの表情だ。


「アミちゃん、聞いてたのー?」


「まあ、せっかくだからな」


 アミに手を差し出されたが、与次郎はそれを断って自力で立ち上がる。


「いいけどねー。いまさら聞かれて困る事でもないし。……そういうわけだからさー。せめて格好つくように、優勝で終わらせたいんだ。アミちゃん」


「任せろって。アタシも全力を出すぜ。ヨジローのこと、応援してるからな」




「ユイちゃんは大変だねー」


「む?」


 食事も終わり、夜も更けてきたころ、ユイはイアと一緒にトレーラーハウスにいた。

 虫も入ってこないし、冷房も効く。この空間が、さきほどのキャンプの空間と同じ場所にあるのだから、なるほど便利なものだ。

 で、


「拙者が大変とは?」


 シャワーを浴びてきたユイが、まだ湿っている髪をタオルで拭きながら聞く。


「んーと、そうだなぁ。……ユイちゃんは、九条君と与次郎君、どっちが好き?」


「これまた不思議な二択でござるな? まあ、こういう時の定番の話題なのかもしれぬが……イア殿はどっちでござる?」


「私はどっちでもいいよ。そんなフラグないもん」


「ふらぐ?」


 イアの言ってることが、時々よく分からない。高校に入ってからは一番の親友であり、もっとも一緒にいることが多い理解者だと思っているのだが、それでも通じない時はあるものだ。


「そうでござるなぁ……拙者は、イア殿が好きでござるよ」


「え?」


「冗談でござる。驚いたでござるか?」


「……うん。そりゃもう、心臓が爆発しそうなくらいに」


 イアがベッドに座る。ふわふわのベッドは、イアの軽い体重でも、柔らかく沈んだ。


「まあ、拙者は色恋など、しばらくは無縁でいいでござるよ」


「……まだ、アキラさんのこと、引きずってるの?」


「いやいや。さすがにそれはないでござる。気持ちいいくらいスッパリだったでござるからな」


「ふーん……」


 イアが悩んでも仕方がない事ではあったし、当の本人であるユイは悩んでいないようで何よりだが、


(そういうのを、引きずってるって言うんじゃないのかな……)

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