第48話 待っているタイプ 【2894文字】
「よし、バトンタッチだ。与次郎」
「おーけー、九条っち」
今更だが、ユイたちはチームひとつで1台の自転車を使い回している。なので、基本的に練習も一人ずつ走り、それ以外の選手は待っていることになる。
これも理由があって……
「そういえば、今回の大会はリレー形式なんだっけ?」
「うむ。一台の自転車をバトンの代わりにして、それを使い回す方式でござるな」
なので、今回は車体も一台しか用意していないのである。
「コースはもう発表されたの?」
「うむ。第1走者からアンカーとなる第4走者まで、全員が違うコースを走る駅伝みたいな仕組みになっているようでござるな。各区間でコースの特性が違っていて、例えば1区は単距離での瞬発力重視。2区は上り坂での持久力勝負。とかでござる」
ユイが大会のパンフレットを見せる。そこに書かれているのは、みんながある程度見慣れた県の地図だった。今回はユイの住んでいる戸鳴市や、学校のある輪学市は通らないコースだ。
「まあ、走る順番は後に発表するでござるが、この感じだと実力順より、それぞれの個性に合わせて順番を決めることになりそうでござるな」
ユイはそのコースを下見で何度か走りに行っている。思ったよりも過酷なレースになりそうなことも感じていた。
ただ、
「拙者たち『ファッションカオス』なら、きっとこのくらいのコースは完走できるはずでござる。逆に言えば、その辺の乗り手では完走も出来ないでござろう」
「そのチーム名。俺は認めてないけどな」
九条が横から口を挟むが、ユイはそれを笑う。
「ふふふ……もうエントリー用の書類は提出したでござる。今更チーム名の変更はできないでござるよ」
「マジか!?」
「マジでござる。メンバーも変更できないでござるから、誰も怪我などしないでほしいでござるよ」
「え? それじゃあ、順番は?」
「そっちは当日まで変更できるでござる」
そのため、ユイも自分の練習よりも、他のチームメイトの分析の方に力を入れている。もっとも、自分自身の走りも理解できないとチームのバランスを理解することは難しい。
そのため、イアのような選手以外の協力者は必須だった。彼女が記録している各セクションでのタイムなどは、本番での作戦に影響していく。
「よし、それじゃあ与次郎が戻ったら、一度みんなで集合しよう。各走行データから、コースなどの作戦を練るぞ」
「うむ。それでは、拙者はアミ殿を呼び戻してくるでござる」
「そういや、アミはどこに行ったんだ?」
「実は、カオリ殿がもう一台、自転車を用意していたようでな。そっちを使って練習中でござるよ。カオリ殿も一緒にいるはずでござる」
山の稜線が織りなす坂道や、新鮮な空気。この季節なのに少しだけ涼しい気がする森の中。少しだけ標高が高いせいか、低い気圧。
それらは楽しく自転車のトレーニングをするのには向いていたのだろう。時間はあっという間に過ぎていく。
日が暮れて、夜になり、メンバー全員は一か所に集まっていた。
「それでは、合宿1日目の練習終了を祝しましてー」
ユイがグラスを手に取った。メンバーのみんなも、彼女に注目をしている。誰がリーダーと決めたわけでもないが、みんなが『ついていくならユイしかない』と理解していた。
「乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
いつの間に準備していたのやら、九条と与次郎が使っているブースの正面に、BBQの用意が整っていた。爺やが手配してくれていたのだろう。食材も豊富にある。
ユイたちが練習から戻ってくる頃には、火の通りにくいトウモロコシなどから焼き始めていた。本当に至れり尽くせりのキャンプ合宿だ。
(……こういうの、海の家でバイトしてた時はよく見てたけど、まさか俺が楽しむ側になるなんて考えもしなかったな)
九条はコーラを飲みながら、静かな夜の森を眺めていた。みんなの輪から少し離れた、テラスに備え付けのテーブルだ。
本当ならもっと詰めたミーティングをしたいところでもあったのだが、周囲はユイを含めて全員、早くも打ち上げムードである。
と、そこにステーキを乗せた紙皿が置かれる。
「九条君。ちゃんと食べてる?」
「……カオリか」
今回の企画者であり、出資者でもあるカオリが、九条の隣までやって来た。
白いマキシ丈のワンピースにつばの広い麦わら帽子。自転車に乗らない彼女は、今回の合宿で唯一、動きやすさとはあまり縁のない格好だ――とはいえ、そのワンピースの裾には、少し泥や機械油の汚れもついていたが。
「食べて。明日からも練習なんだし、エネルギーは補給しないと、ね」
「ああ、そうだな」
九条の隣に、カオリも座る。彼女もまた、紙皿にウィンナーやら焼きナスやら、何種類か持ってきていた。
「もしかして、九条君。一人が好きなタイプ?」
「――まあな。あまりこういうイベントに縁がないというか、ノリが分からないというか……ああ、でも嫌いじゃないよ。俺なりに楽しんでいるつもりだ」
「そう。よかった。九条君は楽しくないんじゃないかって、ちょっと心配だったのよ。いつも仏頂面だからね」
「悪かったな。生まれつきみたいなもんだ」
「バイク、好きだったわよね。乗ってるときもそんな顔なの?」
「ああ、そうさ」
「ふーん……」
そこで一度、会話が途切れる。九条はその状況に、さきほどまで一人だった時とは違う居心地の悪さを感じ始めていた。
静かと言えば聞こえはいいが、二人でいるのに無言の時間が続くと、余計な心配をしてしまうのだ。カオリはどうして自分の隣に来たのか、とか、ここにいて楽しいか、とか。
(カオリは、そういうの気にならないのか)
そっと彼女の顔色を見れば、いつものようにただほほ笑んでいるだけだった。いや、自分が生まれついての仏頂面(らしい。自覚はないが)であるように、カオリも生まれついて笑顔なだけかもしれないが。
「九条君は、欲しいものは手に入れるタイプ? それとも待っているタイプ?」
「は?」
唐突な質問に、九条は眉を顰めた。
「どうなのかしら?」
カオリの細い目は視線が分かりにくいが、ユイたちBBQパーティの中央を見ているようにも、流し目を自分に送っているようにも見えた。
なので、自分もよく分からないところに視線を送っておく。たまにカオリを見ながら、顔自体は向こうのパーティに向けていた。ちょうど、視界の中心ではユイが踊ってるのが見える。何をしているのやらアイツは。
「そうだな。手に入れるタイプだ。……と、自分では思ってる」
先ほどのカオリの質問に、九条は簡素に答えた。
「そう?」
「ああ。オートバイだって、バイト代だって、欲しいと思ったら自分で手に入れてきた」
少なくとも、九条はそのつもりだった。のだが、
「私には、九条君は待っているタイプに見えるわ」
「ほう? どうして?」
「だって、素直じゃないもの。今だって、私じゃない誰かさんが来るのを待ってたんじゃないの?」
「いや、いま特にユイに用事はないが――」
九条がそう言うと、カオリは大げさに驚いたような表情を作り、両手を口の前に当てた。
「あら? 私はユイの名前なんて出したかしら?」
「……」
どうも自分は、カオリのようなタイプが苦手らしい。ということだけは分かった。
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