第47話 重装備の仕方 【2524文字】
「これで……よし! でござるな」
ユイは持ってきた自転車に、何かを取り付けていた。後ろ側の荷台にベルトを通して、それをだらりとぶら下げたようなものだ。
「……それ、何だ?」
「おお、九条殿。これはペットボトルを取り付けるための工夫でござる」
「ペットボトル? 飲み物なら、おそらくハンドルに取り付けたボトルホルダーで済むだろ」
今回、この自転車に飲み物を取り付けるため、ハンドルにはスポーツ用ボトルを取り付けるための部品を搭載している。
ちなみに大体の金額だが、ボトル本体が2000円。ボトルホルダーが2000円。そして本来ならスポーツバイクのフレームに取り付けるボトルホルダーを、ハンドルに取り付けることが出来るアタッチメントが1500円ほど。
合計5500円の大盤振る舞いになってしまった。
「――で、飲み物とは別のペットボトルを乗せないといけないでござろう?」
と、ユイが言う。九条は少しだけ考えたが、すぐに理解した。
「ああ、あの男女差を埋めるためのハンデか。確か『チーム内にいる男性選手1名につき、1リットルのペットボトルを重りとして取り付ける』とかいうやつ」
「それでござる。うちのチームは九条殿と与次郎殿が男性なので、合計で2本のボトルを取り付ける事になるでござるな」
「つまり、今から本番さながらの練習をしようって事か」
「うむ。そうでござる」
ユイは持ってきたペットボトルを二本、車体の横に括りつけた。ちょうどその荷台から垂らしたベルトの先に、ペットボトルを縛り付ける方式だ。車輪の真横にボトルが来るように、ベルトの長さを調整する。
「それって、上に積んだらいいだけじゃないのか?」
「いやいや、九条殿。それだと重心が高すぎて、自由な操縦が出来なくなるのでござるよ。ここで乗りづらいと、ライダー本人が無駄に体力を消耗したり、充分に加速できない可能性もあるでござる」
「そういうもんかね?」
「オートバイの場合は、重心の中でも最も重いエンジンが鎮座しているので、そこから重心がずれることが無いでござる。でも、自転車の場合は車体重量が軽いので、積み込んだ荷物によって重心がブレるのでござるよ」
人差し指を立てたユイは、片眼をつむって九条をつん、と指さした。その指が九条にぶつかることは無かったが、九条は何となく後ろに下がる。
「妙な攻撃は止めろ」
「む? 攻撃のつもりではなく、教えたことを九条殿の頭にインプットしようと思っただけでござるが」
「逆に全て吹っ飛ぶぞ!」
「なんと!? 拙者の『つん』にそんな能力が!?」
自分の指先を眺めて目を寄せるユイ。先ほどまで語っていた自転車理論が正しいかどうか、このアホさ加減を見ていると不安になると言うものだ。
――練習開始直後、九条はユイの言っていた意味を知ることになる。
(そういう事かよ……くそっ)
見通しのいい直線道路で、やや上り坂の峠道。つまり、カオリの家の庭みたいな狭い道ではない、大きくて広い道での練習だ。
だと言うのに、九条はもう疲れ始めていた。
(自転車に大量の液体を積むのが、これほどペダリングを困難にするとは……)
水……
単なる液体であるため、その重量は左右に揺れる。たぽん、たぽん、と――
そのたびに車体が横からの衝撃に振り回されるのである。まるで、自転車に何かが体当たりしてくるような感覚だ。
(重心が低いおかげで、これでもまだマシな方なんだろうな。つーか、腕が痛い)
車体が倒れないように抑え込む。その力を常にかけているせいで、腕が常に痛む。しかもそのせいで、自分の体重を上手くコントロールできない。
いつもなら全身の力を使って踏み込めるはずのペダルを、まるで膝から下だけで踏んでいるような気分だ。
(これなら、倍の重さの鉄アレイかコンクリートブロックでも積んだ方が楽だったかもな。液体ってのは、こんなに強くハンデになるのか)
いかんせん、固定のしようが無いのだ。個体であれば、がんじがらめに縛りつけたり、しっかりとねじ止めすることで重心を固定できる。水はそうもいかない。
当然、ペットボトル自体はしっかりと固定しているのだが、その中身を固定できないのでは意味が無い。
いっそ空気が入らないほどにパンパンに水を入れてもらえたら、また違った乗り心地だったかもしれないが。
「うがぁぁぁあああああ!」
キャンプ場のテラスでは、控えのメンバーが九条の走りを見ていた。
「九条君。苦戦しているね」
記録をつけていたイアが気づく。もう見た感じで疲労感が違う。彼の表情からも、通常より3倍くらい疲れているのが目に見えた。足取りも重く、ハンドルも定まらない。
「これでも、後ろに積んだだけマシでござるよ。もし前に積んでいたら、ハンドル軸そのものを振り回されて蛇行していたでござる。最悪の場合、急にハンドルが90度以上も回転して、前輪が後ろを向くこともあるでござるからな」
「わっ。そんなことになっちゃったら、ひっくり返っちゃうよ」
「うむ。逆に、荷物を積まないで自転車に乗るのは快感でござるよ。イア殿も今度、ぜひ試してほしいでござる」
いつぞや痴漢に襲われて怪我をしたイアだったが、それもだいぶ良くなっている。まだ安静にと言われているが、少なくともギプスは取れていた。
「そうだねー。私も、自転車に乗りたくなってくるよ」
「あら、奇遇ね。私もよ」
「カオリちゃんも?」
「ええ。運動とか興味なかったし、そもそもあんまり激しい動きをしないように医者からは言われているけどね。それでも楽しそうだわ」
「うーむ。カオリ殿の体調とかは拙者には判断できないでござるけど、自転車も今はいろんな車種があるでござるからな。無理なく乗れる車体も多いでござるよ。今度お医者さんに相談してみたら良いと思うでござる」
「そうね。今度相談してみようかしら」
今回のキャンプを用意してくれたカオリは、少しだけ身体が弱い。本当に少しだけなので、例えば体育の授業などは一部を除いて大体出席しているくらいの元気さだ。
ただ……
「補助輪が付いている車体がいいわ。今まで2輪で走れたことが無いの」
「え? その次元なのでござるか?」
「ふふっ。冗談抜きよ」
「な、なーんだ冗談抜き……え? 冗談ではないのでござるか?」
前途多難ではありそうだ。
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