第46話 グランピング合宿 【1905文字】

「それにしても、最近のキャンプとは至れり尽くせりなものでござるな」


 持ってきた鞄を下ろしたユイが、周囲を見渡す。

 車に揺られて2時間ほど。たどり着いたのはトレーラーハウスが並ぶ高原だった。その室内には、テレビとパソコン、さらには二つのベッドも用意されている。ここが、暫定的にユイとイアの拠点だ。


「外は一応、ちゃんとキャンプっぽいよ。あ、九条くんたちだ。やっほー」


 イアがウッドデッキに出て、向こう側のトレーラーハウスにいた九条と与次郎に手を振る。

 このウッドデッキは、トレーラーハウス本体と同じくらいの大きさだ。イスとテーブルが備え付けられていて、隣にはテントもあった。これらが全て揃って一室という扱いらしい。まるでスイートルームを屋外に持ってきたようだ。


「……なるほどな。電気や水道設備やらは、トレーラーハウスに纏めてしまえば手っ取り早い。ついでにキャンプで確保しづらいプライバシーも手に入るって考え方か。合理的な施設だ」


 と、誰に頼まれたわけでもないのに、九条が解説をしながらやってくる。せっかくこんな環境の中にいるというのに、彼は少しも楽しくなさそうに、冷めた見方をするのだった。


「もー、九条っちは素直じゃないなー。いや、ぼくも同じ気持ちだよー」


 と、与次郎もへらへらと笑いながらやってくる。


「与次郎が、俺と同じ気持ち?」


「うん。せっかくのキャンプなのに最初からテントも張ってあるしー、別に火を起こす必要も食糧確保の仕事もなさそうだからねー。せっかく女の子たちにいいところを見せたいのに、活躍できなくて不満なんでしょー?」


「お前と一緒にするな。俺はこの合理的なツアーが気に入ったんだ。遊びで来ているつもりはないからな。本題はレースの練習だろ」


「もー、分かってないなー。大事なのはチームワークだよ。……ってことで、イアちゃーん。ぼくと親睦を深めよう! ちゅー」


「やだ」


「すっごい笑顔で断るじゃーん! ショック!」


 もはや慣れてきたイアと、分かった上でやってるとしか思えない与次郎の漫才に、九条はため息を吐いた。この流れにいい加減飽きているのだ。


「じゃー、しょーがない。イアちゃんに振られたぼくは、大人しくカオリちゃんとアミちゃんを口説きに行っちゃうかー」


 ぴゅーん、と、どこから出ているのか分からない音を出しそうな足取りで、与次郎がすっ飛んでいく。ユイとイアが泊まるハウスの後ろ。そこにアミとカオリがいるはずである。


「やれやれ、あいつは節操がないな」


「うむ。それでも拙者に言い寄ることは少ないのでござるよな」


「あ、ユイちゃん。それはね……」


「ん?」


「……あ、ううん。何でもないよ」


「むむむ?」


 一見すると何も考えず素直に生きている与次郎にも、一般的な男の子らしさというか、九条ほどではないにしてもピンポイントに素直じゃない部分はあるのだ。それは大体、当事者よりもイアのような立場から観測しやすい。


(結局、与次郎君も含めて、男の子って素直じゃないんだよねー)




 同時刻、アミとカオリは近くの川辺まで散歩に来ているところだった。爺やが荷物の移動を一手に引き受けたため、二人は早めに行動が出来たのである。


「風が気持ちいいわね。水辺だからかしら?」


「そういう事もあるかもな」


「アミは水泳部でしょう? いつもこんな空気なの?」


「いやいや。塩素臭いプールとはずいぶん違うぜ」


 けらけらと笑うアミは、しかしどこか無理して楽しんでいるようにも見えた。それもそのはずで、


(コイツ、さすがお嬢様育ちって感じで、金銭感覚ぶっ飛んでるのは知ってたけどさ。もう採算が合わないどころの話じゃないんだよなぁ)


 よく考えなくても、既に自転車レースの優勝賞金以上の資金を、チーム全体で負債している。言ってしまえば、優勝賞金に目がくらんで結成された自分たちの中で、カオリだけが違うモチベーションを持っているのだ。


(今回も平然と……それこそ友達におやつでも差し入れるくらいの感覚でおごってくれるんだろうけど、仮に優勝しても返せるもんがないアタシらは恐縮するぜ)


 それが、アミが先ほどからソワソワしている理由だった。

 でも――


「本当に、みんなと来て良かったわ」


 カオリ自身が、そんなことを気にしてほしくないのも知っていた。なので、いつもの仲良し女子4人組の中で、何となく金の話をカオリにするのはタブーみたいな空気も出来ているわけだ。


(コイツにしてみれば、本気で何十万だか何百万だか払ってでも、友達とキャンプとかしてみたかっただけなんだろうな)


 和やかな表情で森を眺めるカオリは、本当に自分たちとどこか違う世界にいるみたいだ。その壁はどうやっても取り払えないことくらい、アミも解っていた。

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