第7章『ママチャリレース開催!! ~合宿編~』【15,869文字】
第45話 合宿開始 【2264文字】
『九条殿ぉ~』
「お、おお、どうした? ユイ?」
夏休みを自分なりに満喫していた九条は、突然の電話で起こされていた。時計を見ればもう23時。充分に深夜と呼べる時間だ。
で、何の用かと思えば……
『暇でござる~』
「はぁ?」
『いや、拙者が務めているバイト先、労働基準局から『バイトを働かせすぎだ』と指導があったらしくて、の。調整のために拙者に1週間の連休が与えられたのでござるが、いざ時間が空くと何をしていいのやら……』
「お前さ。それ、この時間に相談することか?」
『え?』
「……」
『……』
やや沈黙が流れて、スピーカーがユイの吐息だけを聞かせてくる。昨今の技術は凄い。マイクの収音範囲も、電波の周波数も、ノイズへのシールドも、全てが高水準だからこそ息遣いまで聞こえるわけだ。
で、
『あ、しまった。もうPM11時でござったか! てっきりAM11時だと思っていたでござる』
「ああ、そっちは12時間で時間表示してんのか。それにしても、12時間もズレてて何で疑問に思わないんだよ? 外真っ暗だぞ」
『いや、天気予報では、今日は台風が来るかもしれんと言っていたからでござる。鎧戸を締め切っていたので、外が見えなかったのでござるよ』
「……その台風って、昨日の話だよな?」
『え?』
「……」
どうやら、日付も1日ほどズレたらしい。普段から何の予定も無くても生活リズムを崩さない九条と違って、ユイはバイトがないとどこまでもダメになるタイプのようだった。
「まあ、いいや。それじゃあ暇つぶしに、いつもの連中でも誘うか」
『む? ファッションカオスのみんなでござるな』
「その呼び方は認めたくないけどな」
最初こそ面白がって採用したが、あとになってみると恥ずかしいものである。
『それじゃあ、合宿なんかどうでござる? 拙者、部活とかやったことが無いでござるから、憧れていたのでござるよ』
「合宿か。まあ、いいけどさ」
九条にとっても、合宿なんて初めてだ。中学の時は何かの部活に入っていたのだが、序盤からずっと幽霊部員を貫いていたので、自分でも何の部活に所属していたのか分からないほどである。
『では、他のみんなにも予定を訊いてくるでござるよ。ちなみに、九条殿はバイト大丈夫なのでござるか?』
「ああ。大丈夫だ。もう辞めたからな」
『え? ついに愛想が悪くてクビでござるか?』
「ふざけんな。俺は元々辞める予定だったんだよ。ただ人手が足りないから継続して手伝ってたって、前にも言っただろう」
『覚えていないでござる』
「そうかよ」
なんにしても、九条にしてみれば充分に……いや、それ以上に稼がせてもらった形になる。突然の出費も大して痛くはない。
「じゃあ、俺はいつでもいいから、あとは他の連中と日程でも組んでくれ」
『うむ。夜分遅くにすまんでござる』
「ああ」
電話を切って、ついでにもう片方の手で牛乳の入ったカップを持つ九条。
(それにしてもユイのやつ、俺に真っ先に連絡してくるなんて、どういう風の吹き回しなんだろうな)
暇というだけであれば、それこそイアやらアミやら誘う友達はいくらでもいただろう。その中で自分が一番に選ばれる理由は――
(まあ、寝ぼけてただけか)
と、結論付ける。
「やれやれ。急に電話だもんな。俺も少し驚いたぜ。いや、少しだけどさ――」
と、誰に言い訳をしているのか、独りぼっちの自室でそうつぶやいて、スマホをベッドに投げる。柔らかいベッドに『ぽすん』と着弾する音を聞いた九条は、安心して牛乳を飲もうとして……
「ん?」
その手に持っていたのが、牛乳ではなくスマホであることに気づいた。いつの間にか入れ替えられていた?……いや、そうではなく、単純に間違えたのだろう。
(右手に持っていた方がスマホだったのか。……え? じゃあ牛乳は?)
恐る恐るベッドへと振り返った九条は、その惨劇を見て膝から崩れ落ちた。
ユイの電話は、彼を大きく動揺させていたらしい。
――翌日。
「まったく、昨日の夜中に決定した話だってのに、どいつもこいつも暇人ばっかだな」
九条が頭を掻くと、他のみんなもそれぞれに目線を反らしたり、笑って見せたりした。
「それにしても、ユイ。今回の思い付きは、いつもより唐突だったんじゃないかしら?」
「え? あー、いやー……まあ、そんな時もあるでござるよ」
「?」
カオリが首をかしげる。ユイは何かをごまかすように、大きく2回手を叩いた。
パン! パン!
「さ、それより合宿を開始しよう。カオリ殿。今日はよろしくお願いしますでござる」
例によって、この合宿に場所を提供してくれるのはカオリだった。なので前回の練習と同様、あの散歩道を使うのだろう。と、誰もが予想して集まったのだった。
ただ、カオリは全く違ったことを考えていたらしい。
「さあ、行きましょうか」
「え? 行くって、どこへでござるか?」
「家の前にレンタカーを待たせているわ。手配済みよね? 爺や」
カオリが訊くと、隣にやってきた爺や(?)が恭しく礼をする。
「はい。必要と思われる物資も含めて、2台到着しております。ユイ様の自転車も、こちらへ」
「う、うむ」
ユイがチーム用に購入した自転車を渡すと、爺やは丁寧な手つきで受け取った。
「まあ、私だけ自分の家じゃ、合宿って感じが出ないからね。みんなもどうせ楽しむ方がメインでしょ」
「おいおい。せめて行先だけでも教えてくれよ」
九条が戸惑う。その問いかけに答えたのは、カオリではなく爺やだった。
「キャンプ場を手配しております。まずはそちらに移動して、練習をしながら拠点の設営を、と思いまして――」
本格的な夏休みの到来が、この瞬間だったのかもしれない。
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