第15話 入れない空気 【1701文字】

 結局――


「いやー、助かったでござるよ。イア殿」


「もう……ほんとユイちゃんは、もう……」


 ――ずれてしまったユイの水着は、駆け付けたイアによって綺麗に修正されることとなった。


「これをこうして……大丈夫? 苦しくない?」


「うむ。収まるものでござるな」


「でしょ? サイズは合ってるんだから、あとはしっかり出来てるかどうかだよ。こことか、こうやって」


「い、イア殿。もう直ったでござるから、充分……んっ」


「それから、ここも……」


「下は大丈夫! 下は大丈夫でござるからな!?」


 ――まあ、戯れが過ぎるとは思うが。


「おー、イア。ユイで遊んでんの? アタシも混ぜてよ」


「私も参加しようかしら? どうやったら勝ちになるゲームなの?」


「アミ殿!? カオリ殿!? 違うでござるからな。その手をわしゃわしゃするのをやめるでござる。フリじゃなくて本気で待っやぁぁああ!」


 ――戯れが、過ぎ過ぎるとは、思うが……




 女の子に囲まれて楽しい。――という状況は、主に二次元にのみ存在する幻想である。

 大体の場合、こういう状況になると男一人、入るタイミングを逃してしまって疎外感を味わうことになる……などということは、いくら高校デビューの与次郎でもよく解っていた。なにせデビューから3年目である。そろそろ学習するというものだ。

 それでも頑張ってしまうと、


「ユイちゃーん。ぼくも混ぜてー」


「いやお主だけは無い」


「……わー、さっきまでと違ってガチのトーンじゃーん。冷たーい」


「よじろー殿がいつから見ていて、どこから聞いていたのかによっては『冷たい』では済まぬよ?」


 このように、大けがを負って退場させられる羽目になることもある。それでもめげない与次郎は、ある意味で大物なのかもしれない。


「与次郎くん」


 カオリが与次郎を手招きする。その白く細い腕は、夏の暑さに溶けて折れてしまいそうなくらい、儚げで――


「どうしたのカオリちゃ……んぐはぁっ!」


 ――は無かった。与次郎が挙げた手をスッと取った彼女は、そのまま合気道のような動きで、彼を砂浜に叩きつける。その細腕のどこにそんな力が眠っているのやら。


「痛いよカオリちゃーん。……いや、あっつ!! 砂が熱い!!」


 どちらかと言えば痛みより熱さに耐えられなかった与次郎が、まるでポップコーンのように跳ね起きる。一方のカオリは、大きなフリルのついたパレオを整えながら言う。


「積極性が空回りするのも、いい加減にしたほうが良いわよ」


「え?」


「え? じゃないわよ。私たちが上手くお膳立てして、良い感じでユイちゃんと二人きりにしてあげるって、言ったでしょ?」


「う、うん」


 与次郎が頷くと、カオリはため息を一つ吐いた。糸目のせいかいつでも微笑んでいる印象のある彼女も、今は眉をひそめているせいか、与次郎に呆れているように見える。


「いい? 私たちは協力するつもりでここにいるんだから、貴方もどっしりと構えなさい」


「あ、ありがとう」


「そ、れ、と」


 ずん! と表現するには非力な動作で、カオリの脚が与次郎の両脚の間に差し入れられる。相手の動きを封じる動作だ。


「え? え?」


「悪いお知らせ。例の『彼』も、ここに来ているわ」


「え? 彼って誰……っていうか、近い」


 吐息さえ交換できるような距離から睨まれる与次郎。なんならカオリの方が背が高いので、彼女の息はおでこにかかる。

 その与次郎の顔が赤くなっていくのを見て、カオリは元から白い顔をさらに白くした。


「私に欲情している時間なんかないわよ。っていうか、骨と皮しかない私に赤面する理由はないわ」


「え?えっと……」


「それじゃ、上手くやりなさいね」


 骨すら浮きそうなくらい細い脚をすっと引っ込めたカオリは、そのままユイのいる場所へと戻って行った。

 ――丁度、逆襲したユイがイアを抑え込み、イアを裏切ったアミが彼女をくすぐり尽くしたところであった。


(こっちはこっちで、何をしているのかしら……)


 よほど自転車のせいで疲れがたまっていたのか、イアは海に入る前から、両足とお腹をぴくぴく痙攣させていた。その表情が幸せそうなのは、きっとユイとの自転車旅が楽しかったのか……

 普段は眼鏡のおかげで知的に見えなくもないイアが、今日はとても頭悪そうに見えた。

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