第14話 拠点設営とフォームチェンジ 【2828文字】
「それにしても、よじろー殿。遅かったでござるな」
「いや、ユイちゃんが速いだけだからね!? もー、ぼくの活躍が台無しじゃんかー」
「活躍って、車を運転しただけでござろう?」
「いや、まあそうなんだけどさー」
ようやく5人全員が揃った後、ユイは与次郎の持ってきたビーチパラソルなどの設営を手伝っていた。
「それにしても、いろいろ持ってきたのでござるな」
「まあねー。せっかく荷物をたくさん積めるような車を買ったんだし、はりきっちゃったよー」
軽く言う与次郎。その言葉の通り、気軽にいろいろ買い揃えたのだろう。明らかに使わないだろうビーチボールや浮き輪まである。気分が軽いと逆に荷物は重くなるようだ。
「そういうユイちゃんは、荷物とかほとんど持ってきてないねー」
「うむ。拙者の自転車はまだまだいろいろ詰め込めるのでござるが、乗せれば乗せるほど体力を消耗するでござるからな」
「それって、やっぱり重いから進みにくいとか、そんな感じ?」
与次郎が訊くと、ユイは「うーむ」と唸った。そうも簡単な話でもないらしい。
「例えば、自転車が左右に揺れた時、荷物が多いと揺れも強くなるので、抑え込むのが大変なのでござるよ。前に進まないだけでなく、横揺れを抑える力が欲しくなるのでござるな」
「ふーん。いまいちよく分からないけど」
「やってみると分かるでござるよ。ちなみに、一か所に荷物を積むとより重くなるので、分散できるならした方が安定するのでござる」
「ああ、それでユイちゃんのママチャリは、後ろにも前にもカゴがあるんだね」
「さよう。これで劇的に走りが改善されるのでござる」
ちなみに、そのユイのママチャリだが、浜辺まで持ってきている。駐車場からここまで、そこそこ距離があるので、荷車の代わりに使っているのだ。さすがに人間が乗ると砂にタイヤが沈み込むので、あくまで荷物だけ載せている。
「ところで、ユイちゃん水着は?」
「む? ふっふっふ……なんと、中に着てきたのでござる」
「な、なんと!?」
「驚いたでござろう?」
驚いたと言うより引いている与次郎と、なぜかすごく得意げになっているユイ。
「そっかー。それで他の3人が水着に着替えて来るって言った時、ユイちゃんだけここに残ったわけかー」
「ロッカーも目隠し用のタオルも要らぬからな」
ちなみに、与次郎はいち早く水着に着替えてきていた。時間がかからないのは男子だからこそなのかもしれない。
その与次郎だが、細身で小柄ながらも、意外としっかりした筋肉を持っている。それはまるで軽量級のボクシング選手のようで、トランクスタイプの水着をラフに着こなした姿は意外と様になっていた。
金髪のウルフカットは、太陽の光を浴びてさらに輝いている。肌は既にこんがり焼けていた。すぅっと正中線を通るように真ん中にだけ生えた胸毛やへそ毛が、ムダ毛だとしても決して不快感の無い男らしさを出している。
「よじろー殿。そんなに鍛えておったのでござるな」
運動が苦手だったはずの小学生の与次郎を知るユイは、少し……いや、かなり驚いた。そういえば、こうして彼の水着姿を見るのも小学生以来である。
軽い男だと思いながらも、どこかしら『ただのバカ』くらいに思っていた相手が、意外にも異性としての魅力を外見に持っていたなど、不意を突かれた気分だった。
「それで、この無駄に持ってきた浮き輪などはふくらますのでござるか?」
とりあえず話を変え、視線を変えるためにも、その辺のものを手に取る。ビニールいかだなど、一体どこで使うのやら。
「ああ、それはまだ膨らませなくていいや。持ってきておいてなんだけど、結局使わない気がするんだよねー」
「じゃあなんでわざわざ車から運び出したのでござるか。拙者の自転車まで荷車代わりに使って……」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「減りはしないでござるが、自転車に海風を当て続けると、錆びやすくなるのでござるよ。……一応、各種グリスはさして、全体にコーティングスプレーもかけてきておるけども、万能ではござらんのだからな」
そう言いながら、自転車のカゴにつけられた携帯ポンプを『シュコー』と鳴らすユイ。もちろんタイヤに空気を入れるために持ち歩いている小型ポンプなのだが、アタッチメント次第ではボールや浮き輪も膨らませられる。口でやるより早くて楽だ。
「さて、それじゃあ拙者もそろそろ、脱ぐかな」
大体の準備が終わったところで、ユイが立ち上がる。
「脱ぐって……ああ、水着に着替えるんだねー。それなら、あっちに更衣室があったよー」
と、指で指し示す与次郎だったが、ユイは首を横に振った。
「言ったでござろう? 拙者は中に水着を着ている、と……」
「ま、まさか」
「その通り! ここで上だけ脱げば、わざわざ更衣室に行く必要もないでござる!」
なぜかメチャクチャ得意げに、白いTシャツを脱ごうとするユイ。意外と細いお腹とか、薄く浮かぶ筋肉の割れ目とか、その筋を寸断する深いおへそとかがあらわになる。
(あ、ビキニなんだー。じゃなくて、ぼくはどうすればいいんだ!?)
突然おっぱじまった幼馴染の公衆ストリップという、止めに入るのも意識しているみたいに思われて嫌だけど、だからといって眺めているわけにもいかない状況に、与次郎も困惑する。彼にラブコメ主人公のようなラッキーを受ける用意はない。
と、そうしている間にも頭を襟から通過させたユイだったが、
(む? 何か引っかかったでござるか?)
あと一歩でTシャツを脱げるというところまできて、ストップを余儀なくされた。オーバーサイズのTシャツなので、抜けないことはないはずである。
(まあ、よいか。このまま力任せにストンと行くでござる)
このままでは視界も確保できないため、仕方がない。少々強引でも、グイっと力を入れて持ち上げる。
ストン!
何かが胸の上を撫でるような感触と、アンダーバストにずっとあった圧迫感からの解放。それと同時に、Tシャツが脱げる。引き換えに脇の下と、胸の上あたりに何かが当たる違和感……
「……お?」
嫌な予感がして、そっと自分の胸を触ったとき、気づいた。どうやらずり上がってしまったらしい。と……
「わぁぁあああっ!? よ、よじろー殿。見たでござるか!?」
間抜けな悲鳴と共に両手で隠し、与次郎の名を呼びながら周囲を確認する。しかし、与次郎はいなかった。
「よ、よじろー殿?」
そっと確認してみれば、彼はもう海の方に水浴びに行っていた。どうしたらいいか分からない時はひとまず逃げる――与次郎の矜持である。
「――ほっ。なんじゃ。水遊びが待ちきれないとは、あやつは子供でござるな」
ひとまず見られていなかったようで安心したユイは、改めて人がいないことを確認してから、水着を直す作業に入る。
(どうも収まりが悪いでござる。サイズは合ってるはずなのでござるが……むぅ。デザイン上の都合でござるか?)
あっちを寄せて、こっちを収めて、すると反対側に挟まって……と、この作業はユイにとって、割と苦手なものだった。
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