第13話 到着するだけでも 【2545文字】
軽自動車と言っても、その車内空間は意外と広い。道路交通法さえ無視すれば、頑張って5人乗れたのではないかと思えるほどだ。
その空間には今、3人しか乗っていなかった。運転席には免許取りたての与次郎が、緊張した面持ちでハンドルを握っている。同級生の女の子を乗せるのは初めてだ。
(気を付けないと……事故まで行かなくても、もし思いやりのない運転をする人だなんて思われたら、ぼくの信頼に関わっちゃうもんねー)
見た目のチャラさに対して、その辺は誠実である。というより、このチャラさも、わざわざギャップを狙ってやっている事だったりする。
(見た目はなんか軽くて自分勝手な感じなのに、意外と子どもやお年寄りに優しいとか、そういうのモテるじゃーん?)
そう思っているあたりが、いつまでもモテない最大の理由だろう。
そんな与次郎の車に同伴するのは、まるでお嬢様のような雰囲気のモブキャラその1ことカオリと、いかにもスポーツ少女のモブキャラその2のアミである。
「なー、よじろー。ずいぶん遠くないか? もう30分……いや40分は走ってるぜ」
アミが後部座席から言う。与次郎はそちらをルームミラーで見ながら答えた。
「もともとそのくらいの時間はかかる予定だったからねー。あ、飲み物でも飲む? ちょっと休憩しようかー?」
「いや、アタシが心配してんのは、自転車で来ているはずのイアたち……つーか、イアのことだよ」
アミが窓を開けた。冷房の効いたはずの車内に、外の生暖かい風が吹き込んで、彼女の短い髪を揺らす。
「そういえば、イアとユイも、この道を走っているのかしら?」
と、カオリが助手席から振り返らずに言う。
「そう! そうなんだよカオリ。普通はこのまま走ってたら、イアたちを追い越すはずだろ。なのにすれ違わないから、心配になってきたんだよ。何かあったんじゃねーか?」
「そうね……でも、この道じゃないルートを通っている可能性もあるわ。そうじゃなくても、何の連絡もないってことは大丈夫って事だと思うわよ」
「でもさ……」
「ユイも付いているんだから、大丈夫だと思うわよ」
カオリはいたって冷静に、そうアミをなだめた。
(ちぇっ。せめてアタシが、イアに連絡とってみるしかないか)
そう思ってスマホを開いた彼女は、グループメッセージに新しい通知が入っていることに気づいた。
『fromカオリ
イア。そっちはどう?』
と、すでにカオリが連絡していたようだ。
(なんだよ。あれこれ言いながら、やっぱ気になるんじゃん)
窓を閉めながら、ニヤニヤとスマホを見るアミ。すると、そこにイアからの意外な返事が返ってきた。
「え?……」
目的地の海水浴場。
車を停めると、自分の荷物だけ引っ掴んだアミが、いの一番に降りた。
「イア! ユイ! どこだ!?」
華麗なスタートダッシュを切ったアミ。駐輪所まで行くと、そこには2台のママチャリが並んでいた。
その辺にありそうな普通のママチャリ2台は、たしかイアとユイが使っていたもののような気がしないでもない……と思わないでもないでもない。
「イア!?」
ずざぁっ、と音を立てて、アミのビーチサンダルが焼けたアスファルトと擦れる。急停止した彼女に、
「あ、アミちゃん。追い付いたんだね」
とっくに到着して待っていました。とでも言わんばかりのイアが、にこやかに手を振っていた。
「ま、マジかよ……さっきのメールも……」
アミをそこまで驚かせたメールの内容。それは、何と言うことも無い到着報告だった。
『fromイア
もう着いたよ。待ってるね』
その言葉の通り、彼女たちは自転車で、与次郎の車より先にゴールしたのだった。
いや、スタートの時間が違っていたのだから、どちらが先かは重要ではないだろう。そうではなくて、
「イア。お前すげぇな」
「え?」
「いや、ユイがすげーのはいつもの事だけどさ。自転車に関してはお前も素人だろ。なのに本当に走り切るなんて、そっちがすげーって言ってんだよ。いつもザ・図書委員みたいな奴なのに」
「な、何それ? 私が図書委員だったことなんて一度も無いからね」
「いや、キャラの話。眼鏡だし」
「図書委員と眼鏡に対する偏見だよ??」
自動車を使っても、普通に1時間近くかかってしまうほどの距離。それを自転車で走り抜いたこと自体が、すでに偉業と言える。まして、それを素人が――
「ユイちゃんがペース配分とか、休憩とか、いろいろ考えてくれたからね。そのおかげかな」
「そ、そうなのか」
「うん。……でも、さすがに帰りはきつそうかな。せっかく海まで来たけど、ちょっと帰りに備えて休んでるね」
そうにこりと笑ったイアの肩に、アミがポンと手を置いた。「え?」と困惑するイアに、アミは親指で自分の顔を指して言う。
「帰りはアタシに任せとけよ。その自転車、貸してくれ」
「え? ええっ?」
「大丈夫だ。大事に使うって。自転車を置いてくわけにはいかないだろ。でもイアは帰りの事を心配しなくてもいいんだよ。よじろーの車で帰ればいいさ」
その与次郎だが、何を気取っているのか、うやうやしく助手席のドアを開けて立っていた。そこから、カオリが降りてくる。
「つきましたよ。お嬢様」
「誰がお嬢様よ。もう……アミはとっくにどっか行っちゃうし」
「そうだねー。まあ、向かった先は海水浴場だろうけどさー。あ、荷物はぼくが持って行くから、カオリちゃんも先に行ってて大丈夫だよー」
「そう。それじゃあ、お言葉に甘えて」
カオリは自分の水着やバスタオルが入ったバッグだけを持って、キャプリーヌ(つば広帽子)を被って歩く。今日は珍しく体調も良い。
(これなら、私も海に入れるかもしれないわね。一応、水着を持ってきてよかった)
てく……てく……と、マキシ丈のサマーワンピースの裾をなびかせながら、小さな歩幅でゆっくり歩く。どうせ海は逃げもしないのだ。
と、その遠く向こうに、どこかで見たことがある原付バイクが停まっていることに気づいた。
「あら? あらあら……」
近づいてみれば、やはり間違いない。学校でよく見るのを、ナンバーまで含めて記憶している。
「ふぅん。そうなのね」
なぜか一人で納得した彼女は、また別な方向を見る。そっちではイアとアミが、仲良く合流していた。やや離れたところから、ユイが歩いてくるのも見えた。
「さて、今日は本当に、いい日になりそうね」
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