後編
「………………は?」
この流れでいけば誰もが受けると思うのが当たり前だろう。そっとアンリから手を外すと、エレオノーラは一歩下がり静かに一礼した。
「い、今断ると聞こえたが……」
「はい、お断りすると申し上げましたわ」
にこり、微笑みながらエレオノーラは答えるが、断られるとは微塵も思っていなかったアンリは呆然と跪いたままだ。
「何故……」
「何故と申されましても、それを問われる時点でもう無理ですわね」
周りでざわつく夜会の参加者を見渡し、エレオノーラは笑みを引っ込め、畳んだ扇を口元に当て小さく息をつくと、語りだした。
「わたくし、『元』婚約者様には断られましたので、本日は父のエスコートで夜会に参加致しました。広間に入場する際、父に訪ねましたわ。今日までにわたくしに『バレータ様との婚約破棄となった暁には、婚約の申し込みをしたい』と申し出た方はいらっしゃいましたか?、と。バレータ様が私との婚約破棄を望んでいるというのは存じておりました。……この夜会かどうかはわかりませんでしたが、おそらくバレータ様の性格からして大勢の前で宣言をするだろうとの予測もついておりました」
今夜の行動に予測がついていた、そう言われマティアスの顔に朱が差す。全て読まれていたにも関わらず意気揚々と宣言した自分が道化の様ではないか、と。
「わたくし決めておりましたの。婚約が破棄となった時、その場でわたくしへ結婚を申し込む方がいらっしゃったら、例え相手がどのような身分の方であろうともお断りしよう、と」
「……な、何故だ」
「何故何故とまるで幼い子供の様ですわね。先程私が申し上げたではありませんか。父に婚約の申し込みがあったかと訪ねたと。わたくしは皆様ご存じの通り侯爵家の娘です。わたくしは自身の結婚は家のため、
「それでは私との婚姻なら王家との縁が結べるではないか!」
そう叫んだアンリを見つめるエレオノーラの視線は、先程の愛らしい表情とは打って変わった冷たい目ーーマティアスに向けていたものと同じーー。知らず気圧されたアンリは思わず息を飲む。
「王家と縁を結ぶことによってわたくしにどんなメリットが?」
「何だと?」
「王家の
「!! 不敬であるぞエレオノーラ!!」
先程のエレオノーラの発言にはなにも言わなかったアンリだが、この言葉には激昂した。≪不良物件≫……アンリを陰で揶揄する言葉だ。第二王子ともなれば、将来は王弟として外交分野に携わり王を支えていく立場であるにも関わらず、いつまでたってもフラフラと女性の間を渡り歩き、まともに公務にも向き合わず、付いたあだ名が『青い蝶』。
国王もアンリの動向に頭を痛め、そろそろ正さなければ何処かの後家に婿として送り込むと言われたと噂がたっている。それゆえ焦って今回エレオノーラに目を付けたのが丸わかりだ。
確かにアンリを受け入れれば王家に恩が売れるかもしれないが、一時的なものだ。おそらく弟の不出来に眉を顰める王太子に代が替われば、王家との縁など塵にも等しくなるに違いない。それ故不良物件と言われているのだ。
「恋愛感情も無い、メリットも無い、おまけに根回しも無い。ないないづくしですわね。その状態でよくもまあ恥知らずにも求婚なされましたわね。なによりも……わたくし、婚約を破棄して早々に他の方の求愛を受け入れる程軽い女ではありませんのよ?」
「……」
おそらくアンリの頭の中には、婚約破棄をされ悲しむエレオノーラの前に颯爽と現れれば、きっと感動して求婚を受けるだろう……そんな目論見があったに違いないが、裏を読めば弱っている女性に付け込む行為とも言える。そしてそんな状態ですぐに承諾するようでは、頭と尻の軽い女と捉えられてもおかしくない。
「わたくしには、結婚もしないうちから不貞をした挙げ句、自らの行いを棚上げして婚約を破棄するような方も、傷心のところに付け込もうとするような方も必要ありませんの。もし、皆様の中でわたくしに婚約の申し込みをお考えの方がいらっしゃるのなら、しっかりした釣書を当家に送って頂きたいですわ。父と共に精査させて致しますので」
わたくしの今夜の役割は終わりましたので失礼致しますわ。皆様よい夜をーー
回りを見渡し、そう最後に一言告げると静かに礼をしエレオノーラは、優雅な足取りでホールから姿を消した。
呆然とするマティアスとアンリを残して。
婚約破棄のそのあと 瀬織菫李 @paka3ta3
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