第4話 地狼

 土の迷宮は遺跡であるから、人工物である。

 なぜ『土』と呼ばれるかというと、土のエーテル濃度が極端に高いからだ。土関連の魔術を使うと、通常の五倍近い効果があがるとされている。

 アーサー・ラドクリフは騎士であるからそれほど関係ないとはいえ、そのことを頭に入れておく必要がある。この迷宮にいるモンスターの使う土の魔術は、強力なダメージをもたらすからだ。

 外でも見かけるモンスターがいたとしても、迷宮のモンスターの方が数倍強い。

 それはエーテルの力が作用しているのだろう。

「一本道って聞いていたんだけどな」

 ラドクリフは首をひねった。

 まっすぐに伸びていた道は、突き当りで曲がっている。

 道なりというなら、曲がるべきだ。だが、その行き止まりの壁には、よく見れば目くらましがかかっている。壁は実際には存在しておらず、その向こうに伸びる道があった。

 道なりにいくべきか、まっすぐに行くべきか。

「地図を借りてくるべきだった」

 分岐はないと聞いたから、その必要を感じなかったけれど、これは間違いなく分岐している。

 キャイン

 迷っているラドクリフの耳に仔犬のような鳴き声が聞こえた。

 目くらましの壁の向こうからだ。

 ずるずると何かが這う音もする。

 目くらましの壁は、あくまでも視覚を惑わすだけで、聴覚は問題なく伝わるらしい

 ラドクリフは剣の柄にてをあてて、まやかしの壁の向こうを見る。

「犬?」

 ふんわりと光る金色の毛玉が壁を背にして何かを威嚇している。こちらに逃げてこようとはしない。ひょっとしたらこの壁は、モンスターにとっては本物の『壁』なのだろうか。

地狼じおおかみの子供か」

 大きさとしては、成犬並みの大きさだ。

 幼いとしても地狼は、人を喰らうモンスターである。何かに襲われているとしても、助ける必要はない。だが。妙に惹かれる。まるで何年も飼っていたペットを見殺しにするような、そんな後ろめたさを感じた。

「どのみちまっすぐは、こっちか」

 道は目くらましの壁に伸びる方が『直進』である。ならば、進むしかない。

 ラドクリフは『壁』を越えた。

 壁を通り抜けた途端、突然空気が変わる。

 ラドクリフはランタンの光に照らされた先を見た。

赤蛇あかへび?」

 ぬめぬめとした赤い鱗を持つ地底奥深くに住む蛇だが、大きさが知っているものとは段違いだ。

 土の迷宮のエーテルの濃さが関係するのだろう。

 全体の長さは人が三人並べたより長い。チロチロと舌を出す口の大きさは人を丸呑みするのに十分なほどだ。

「なるほど。これだけ大きければ、地狼だって襲うわけか」

 ラドクリフは口の端を上げて、剣を抜く。

 威嚇を続ける地狼の子供は、赤蛇の毒液をかけられたらしく、毛の一部が燃えたようになっている。

 赤蛇の冷たい双眸がラドクリフの姿を捕らえた。

 小さな地狼より、ラドクリフの方を喰らったほうがより腹が膨れると思ったのだろう。

 ゆらりと頭部が動いて、ラドクリフに向かって毒液を吐き出した。

 ラドクリフは、とっさに前に飛んでそれを交わすと、一気に距離を詰める。

──こいつらは、光属性に弱い。

 ラドクリフは剣に魔力を流す。

 騎士独特の攻撃魔術だ。器物にしか掛けられない限定の付与魔術であるが、物理ダメージに魔術ダメージを付け加えることができる。

 王都の騎士団の中でも使える者は少ないが、ラドクリフは有数の使い手だ。

『雷光斬』

 刃を一閃させると同時に魔術を発動させる。

 赤蛇の鱗はかなり固いが、雷の力をまとった刃の敵ではなかった。

 ラドクリフの剣で、あっけなく赤蛇の首は切断され、雷に焼かれた肉の焦げた匂いが漂う。

 赤蛇が動かなくなると、地狼の子供は、緊張がとけたのか、ラドクリフに向かってクンクンと甘えたような声を出した。

「痛いのか?」

 ラドクリフは寄ってきた地狼の頭をなでてやる。

 ランタンの明かりで見てみると、毒液がかかったのは、毛の一部で、大きなけがはしていないようだ。

「待ってな」

 毛に毒液が付いたままでは、なんかの拍子に皮膚につかないとも限らない。

 ラドクリフは慎重にナイフで毒のついた毛を切り払った。

「よし。大丈夫だ。行っていいぞ」

 だが、地狼はラドクリフのことが気に入ったのか、クンクンとラドクリフの足に花を寄せる。

──まあ、いいか。

 危なくなったら勝手に逃げるだろう。

 ラドクリフはそう考えて、道を進み始めると、地狼は案内するかのように先導する。まるで、ラドクリフの目的を知っているかのようにだ。

 ひょっとしたら、この遺跡には『階段』というものはないのかもしれない。道が緩やかに下降していっている。かなり降りていくのが、体感できた。

 そして最初の入り口とは明らかに空気が違う気がする。エーテルはさらに濃くなり、重さすら感じさせはじめた。

「どういうことだろう」

 体感時間では、エリンの言っていた距離はとっくに過ぎている気がするのに、いっこうに『歌うキノコ』は現れない。

「思ったより遠いってことなのか?」

 思わず地狼に話しかけるも、当然答えはなかった。

 


 その後、いくつかの戦闘を経ても地狼はラドクリフからはなれようとはしなかった。

「腹減ったな。お前も喰うか?」

 ラドクリフは地狼に固いパンを渡す。

 地狼は光る毛を持っているので、ランタンだけより、ぼんやりと明るい。

「それにしても、第一層にしては強いよな」

 ラドクリフの言葉に地狼は答えずに、パンを嬉しそうに齧っている。

 土の迷宮は他の迷宮よりもモンスターが弱いと聞いていたが、前に同僚と行った『火の迷宮』よりもはるかに強いように思えた。

「俺がまだまだ弱いってことかな」

 迷宮そのもののランクというより、ラドクリフ個人の実力ということなのだろう。

「さて、休憩したし、進むか」

 ラドクリフは道をたどる。

 道は再び壁にぶち当たり、横に折れていた。

「またか」

 ラドクリフは剣の柄に手を当て、考え込んだ。

「ん?」

 ラドクリフは壁を調べる。

──ああ、やっぱり。

 視覚だけでなく触覚をも偽る『まやかし』の壁だった。

 先ほどまでの『まやかし』とはレベルが違う。だが、通れないわけではない。そこにあるべき『道』に気づけば、術は作用しないタイプだ。

 ラドクリフは迷った。どう考えても、これは『単純な一本道』の道ではない。

 すると、くうんと地狼が声をあげ、かりかりと『壁』を掻く。どうやら地狼にはこの壁は抜けられないけれど、目的地はこの先らしい。

「この先か?」

 ラドクリフが手を伸ばすと、地狼がポンとその中に納まった。

「危なくなったら、逃げるんだぞ?」

 地狼はその言葉を理解しているかのように、ラドクリフの頬をなめる。

 モンスターが自分で越えられない『壁』でも、ラドクリフに抱かれた状態なら越えられるらしかった。

「さて。嫌な空気になってきたな」

 壁を越えた途端に、重いうねるようなエーテルを感じる。やがて大きな広い空間に出た。

 今までのところより天井が高い。広くて、ランタンの灯が届かないから、どれくらいの広さなのか想像できないが、かなり広いことが予想された。

 途端、地狼が唸り声を上げ始める。

 大きな気配の息遣い。カサカサと何かが動く音。

 その音はゆっくりとラドクリフ達の方に近づいてきている。一つじゃない。かなり多くの『音』をラドクリフの耳が捕らえた。

「まさか」

 わずかな明かりに照らし出された巨大な生物の姿に、さすがのラドクリフは息をのんだ。

「そんなバカな」

 蛇のような長い身体。鋭い眼光。長い髭をたたえている。土の迷宮の最下層に生息しているという、地龍ちりゅうに間違いない。

 ラドクリフは、第二層の『歌うキノコ』の採取に来たはずだ。それなのに、どうして目の前に、この迷宮の最強である『地龍』がいるのか。

 しかも、一体ではない。姿は見えないが、気配はかなり多い。どうやら営巣地にでも迷い込んだようだ。

『キェェェイ』

 ラドクリフの姿を認めた地龍が、警戒音を発した。

──まずい。

 ラドクリフは、広場の入り口に戻り剣を構える。いかなラドクリフと言えども、複数の地龍と一度に戦うことは出来ない。

──しかし、まだ『歌うキノコ』は手に入れていない。

 迷宮に着くまでに時間をかけすぎている。もはや一度退いて、再度またここまで来るのでは、王都に戻れるのはいつになるのかわからなくなってしまう。

「一対一なら、なんとか」

 狭い通路を利用しながら、ラドクリフは地龍と切り結びはじめた。




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