第30話 天賦元素
アリスたちが実習に臨んでいる頃。
俺は教習所にある図書室で一人、本を読んでいた。
パラパラと素早くページを捲り、目当ての情報がないと察すると本を閉じてテーブルに置く。いつの間にか目の前には、大量の本の山が積み上がっていた。
「――レクト!」
図書室のドアが勢いよく開かれる。
現れたのは、赤髪の少女ミーシャだった。
「レクト! ちょっと聞いて…………って、何してるの?」
「ミーシャか。丁度よかった」
俺は本を閉じてミーシャに言う。
「アリスの謎が解けた」
その言葉を聞いて、ミーシャは目を見開いた。
「多分、アリスは
「……天賦元素?」
「極稀に、生まれつき身体に宿る特殊な元素だ」
本に書かれていた内容を、俺はそのまま口に出す。
「天賦元素は、通常の元素と比べて身体に馴染みやすく、繊細な操作が可能になる。しかしその反面、後天的に入手した元素が身体に馴染みにくい。……恐らくこの欠点が影響して、アリスは今まで元素を制御できなかったんだろう」
この一週間、深夜になるまでひたすら図書室にこもり続けた甲斐があった。
やっと、アリスの謎を解くことができた。
「でも、アリスの元素レベルはどれも平凡なものだったわ。本当に天賦元素なんて持ってるのかしら?」
「天賦元素は覚醒しなければ意味がないんだ。何らかの外的要因、または本人の精神的な成長によって覚醒すると言われているが……詳しいメカニズムはまだはっきりとしていないらしい。
しかし、覚醒は近い筈だ。以前、アリスの体内元素を感じ取ったところ、天賦元素のものと思しき反応がかなり強かった。あと数日……もしかしたら実習を受けているこの瞬間にも、目覚めるかもしれない」
できれば実習が始まる前に、アリスへこの事実を伝えたかったが、流石に間に合わなかった。天賦元素という言葉自体も、最近発刊された専門書ではなく歴史書で知ったほどだ。非常に稀有な例なのだろう。元素学の担当であるエラさんですら、今までアリスの事情に気づいていなかったのだから、寧ろここ数日で謎が解けたことを喜ぶべきだ。
「……辻褄が合ったわね」
ミーシャが何かに得心した様子で呟く。
「『渦巻く深淵』でレクトが倒したミノタウロスの件だけど……分析の結果、やっぱりあれは人為的に用意されたものだったわ」
「そうか……しかし、何のために?」
「アリスを暗殺するためよ」
周囲に第三者がいないことを確認してから、ミーシャは続けた。
「動機がイマイチ不明瞭だったけど、今、レクトの話を聞いて確信した。……敵はどういうわけか、アリスが天賦元素を宿していると知っていたのよ。そして、その覚醒を阻止するために、アリスを暗殺しようとした」
「……成る程。そういうことか」
大まかな状況は読めた。
答え合わせをするためにも、俺は考えを述べる。
「天賦元素の力は絶大だからな。恐らく国家規模で重用される。そうなれば……アリスの実家である、フィリハレート公爵家の権威も強くなる」
「そーゆーこと。つまり敵の正体は、フィリハレート公爵家の権威が強くなると困る人物……」
ミーシャの言葉を聞いて、俺は答えに辿り着いた。
「……フラマク公爵家か」
ミーシャは首肯した。
フィリハレート公爵家と同じく、この国の門閥貴族のひとつであるフラマク公爵家。どうやら彼らが黒幕らしい。
「フラマク公爵家とフィリハレート公爵家は、領地が近いこともあって小競り合いが多いの。加えて最近は、鉱山の採掘権を巡って争っている。……実は、協会の力を借りて少し前からフラマク公爵家に探りを入れていたのよ。そしたら最近、フラマク公爵家の当主が、名うての元素使いを雇ったことが発覚したわ」
「……誰だ?」
「
一通り話を聞いた俺は、椅子から立ち上がる。
「急いだ方がいいな」
公爵家ほどの大きな組織が動いているのだとしたら、早急に手を打った方がいい。
実習の途中だが、一度アリスの安否を確認した方がよさそうだ。
一方、立ち上がった俺を他所に、ミーシャは手元で宝石のようなものを確認していた。
「タイミングがいいのか悪いのか……丁度、今、協会にアリスたちから救難信号が届いたみたい」
事態は急を要するようだ。
廊下に出た俺は《元素纏い》を発動する。
天賦元素は強力だ。もしアリスがその力に目覚めていれば、暫く時間を稼げるだろう。
だが、敵は巨人回しの二つ名を持つほどの手練れ。目覚めたばかりの天賦元素なら、幾らでも攻略法を導き出すに違いない。
「レクト!」
走り出す直前、ミーシャが呼んだ。
「貴方はもう、協会にも、この国の貴族にも縛られない身よ!」
ミーシャは大きな声で叫んだ。
「だから――存分に、やってしまいなさい!!」
興奮した様子でミーシャが告げる。
強く背中を押された気がした。その頼もしさを胸中に刻み込む。
「――ああ」
公爵家だか何だか知らないが――誰の生徒に手を出したのか、教えてやる。
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