第29話 光


「思ったより、順調だな」


 斥候を務めているため先行するシャッハの背中を見つめながら、スメルクは呟く。

 現在アリスたちは七層まで進んでいた。途中で何度か危ない目には遭ったが、負傷はひとつもない。


「実習って、こんな簡単だっけ?」


「いや、前回はもっと手こずっていた筈だ」


 レイの疑問にスメルクが答える。


「た、多分……レクト教官の指導が、それだけ凄かったんじゃないかな……」


 ハルが小さな声で言う。

 今までなら一笑に付されていた意見だが、レイとスメルクは頷いた。


「だな。俺も、元素使いに転向してからすげぇ調子いいし。……なんか、やっと自分の戦い方が見えてきたって感じだ」


「今までは二つの属性を同時に学ぶつもりだったが……ひとつの属性を極めることが、これほど奥深いとは思わなかった。レクト教官の言う通り、当分は風属性の修練に集中しよう」


 スメルクも、以前とは違って謙虚に自分の実力と向き合っていた。

 そんな仲間たちの姿を見て、アリスは嬉しそうに微笑む。


「ど、どうしたの、アリス?」


「いえ、その……いい雰囲気だと思いまして。……レクト教官も、すっかり馴染んできましたね」


 特に考えることなく呟いた本心だったが、その一言を聞いて仲間たちは目を剥いた。


「おいアリス! お前がそれを言っちゃ駄目だろ!」


「俺たちもレクト教官には懐疑的だったが、授業をボイコットするアリスほどではない」


「わ、私は、わりと最初から信頼していたんだけど……」


 一斉に批難され、アリスは申し訳なさそうに顔を伏せる。


「うぅ……すみません」


 アリスは深く反省した。

 確かに、考えれば考えるほど、今回は暴走しすぎたかもしれない。

 そんな風に会話をしていると……ふと、先行するシャッハが立ち止まっていることに気づいた。


「シャッハさん、どうかしましたか?」


「み、皆……あれ」


 いつも元気のいいシャッハにしては珍しく、青褪めた顔だった。

 シャッハが指さした方向へ、アリスも視線を移し――。


「なんですか、あれは……!?」


 そこには、今までとは比べ物にならないほど強力なモンスターが多数いた。

 C級のモンスターである豚面の巨人オーク。B級のモンスターである筋骨隆々の巨人オーガ。それらが最低でも五体ずついる。

 

「お、おい、ここってD級ダンジョンの筈だよな……?」


「ああ。深い層に行けばC級のモンスターが出ることもあるが、ここはまだ十層だ。しかも、B級のモンスターまでいる……!」


 明らかな異常事態。

 その光景を前にして、アリスは瞬時に決心した。


「――救難信号を出します」


 どう考えても自分たちの手に余る状況だ。

 ここは実習を中断して、救助隊を待つしかない。


「うん、こればっかりは仕方ないね」


「お、お願い、アリス」


 シャッハとハルも、アリスに賛成する。

 アリスはすぐにポケットから小さな宝石を取り出した。


 通信石つうしんせきと呼ばれる道具だ。この石に元素を通すと、対となるもう片方の石が点滅する。協会ではこの道具を用いて救助信号の受送信を行っていた。


 アリスが取り出したのは、モンスターに囲まれている場合に使う通信石だった。他にも、重傷者が現れた場合に使用する石や、遭難して帰還できない場合に使用する石など、通信石は用途によって分けられている。


 アリスはすぐに、通信石に元素を通そうとしたが――。


「スメルクさん! 前っ!」


 え? とスメルクが振り返った直後。

 どこからともなく飛来した大きな斧が、スメルクを吹き飛ばした。


「が、あ――ッ!?」


 激しく地面を転がったスメルクは、呻き声を漏らす。

 アリスはすぐに「重傷者アリ」を伝える通信石に元素を通した。これで協会は救助隊を派遣してくれる筈だ。しかし、油断はできない。


「ミノ、タウロス……」


「それも、武器持ちが三体……!?」


 ミノタウロスは素手ならC級だが、武器を持つとB級になる。

 先程はそのうちの一体が、手に持っていた斧を投擲したようだ。


「救難信号は出しておきました! すぐに避難しましょう!」


「で、でもアリス、スメルクが……ッ!?」


 ハルが狼狽しながら言う。

 スメルクは一人で動けない状態だった。誰かが運ばなくてはならないが――その判断をする前に、次の脅威が迫っていることに気づく。


「シャッハさん! オーガが来ています!」


「う、うぁ……っ!?」


 シャッハは一瞬、応戦しようとしたが、すぐに諦めた。

 C級のモンスターであるオーガは、今の自分たちでは敵わない。シャッハは、《元素纏い》で身体能力を向上し、ひたすら逃げる。


「アリス、危ないっ!!」


 レイが叫んだ。

 いつの間にか、すぐ傍まで豚面の巨人オークが迫っていた。


 オークが腕を横に薙ぐ。

 アリスは咄嗟に飛び退いたが、オークの指先が掠って吹き飛んだ。


「う、ぅ……」


 地面を転がったアリスは、軋む全身に鞭打って起き上がろうとする。

 視線の先では、レイとハルが迫り来るモンスターに精一杯の抵抗を示していた。


「くそっ! こんなところで、死んでたまるかよッ!!」


「だ、駄目……! 対処、しきれない……ッ!!」


 鮮明に、未来を思い描く。

 このままでは間違いなく全滅だ。救助隊が来るまで間に合わない。


 ――いやだ。


 どうして、こんなことになったのだろう。

 折角、順調だと思っていたのに。


 レクト教官もようやく一組に馴染んできた。今では自分を含め、全員があの教官の手腕を認めている。


 これから、レクト教官に色んなものを教えてもらう筈だった。

 レイもスメルクもシャッハもハルも、自分も、新しい戦い方を身につけ、これから更に伸び始めるといったところなのに――。


 ――いやだ!!


 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 そんなアリスの、強い想いに呼応するかの如く――。


「……え?」


 きぃぃん、という高い音が、胸元から聞こえていた。

 見れば胸の中心辺りから、真っ白な、温かい光が溢れ出している。

 モンスターたちは動きを止め、幻想的な光に照らされたアリスに注目する。


「アリス、そ、その力は……」


 シャッハが目を見開いて、アリスに訊いた。

 しかりアリスも驚いたまま硬直していた。


「これ、は……一体……」


 何が起きているのか全く分からない。

 しかし、ひとつだけ……胸から溢れ出るこの力の正体だけは、何故か理解できた。


 光。

 光だ。


 光属性の元素・・・・・・だ。


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