第28話 実習開始

 実習当日。

 アリスたちは、ダンジョンの前に辿り着いた。


「ここがD級ダンジョン、『狂飆きょうひょう坩堝るつぼ』か……」


 そのダンジョンの入り口は洞穴だった。

 薄暗い入り口からは、絶えず風が溢れ出ている。風は周囲の木々を常に揺らすほど強く、自然発生したものではないことがすぐに分かった。


「では、実習の説明を始めます」


 協会から派遣された職員が、アリスたちの前で指示を出す。

 今この場にいる生徒は五人。アリス、レイ、スメルク、シャッハ、ハルだった。実習は五人一組のチームで行われるが、ダンジョン内で他チームとの過剰な接触があっては、実力を正しく評価できないため、一チームずつ探索することになっている。


「今回の課題は、『狂飆の坩堝』の第十層に辿り着き、帰還することです。十層には協会が設置した到達証明書が置いていますので、そちらを持って帰還してください。……制限時間は半日。あちらに装備一式を用意していますので、各自、準備をお願いいたします」


 アリスたちはすぐに装備一式を身につける。

 装備の中には地図や薬もあった。これらは全て協会が配布しているものであり、現役の探索者も活用している。


「それでは――実習開始です」


 開始の合図が告げられると同時に、アリスたちは早足でダンジョンに突入した。

 洞穴を抜けるとすぐ下へ続く階段を見つける。

 足元に気をつけながら、階段を下りると――。


「うおっ!?」


「これは……聞いてはいたが、凄い風圧だな」


 吹き抜ける強風にレイとスメルクが驚愕した。

 D級ダンジョン『狂飆の坩堝』は、全ての層で風が吹いている。風は渦を巻くように外から内へと流れており、外側にいる探索者は踏ん張っていないと、ゆっくりと中心部まで流されてしまう。


「元素流しの三人……シャッハさん、スメルクさん、ハルさんは、足元に注意しながら戦った方がよさそうです。この風だと、いつも通りの動きはできないと思います」


「確かにこれは動きづらいかも。……ありがと、アリス! 注意するね!」


「き、気をつける」


 アリスの言葉に、シャッハとハルは頷く。

 そんな二人の様子に、レイとスメルクは笑みを浮かべた。


「いいチームワークなんじゃないか、俺たち?」


「ああ。アリスは視野が広いし頭もいい。司令塔を任せたのは正解だったな」


 レクトにチームワークを磨いた方がいいと指摘されたアリスは、自分なりにどうすれば仲間たちの役に立てるか考えた。その結果が司令塔というポジションだ。


 ダンジョンを探索していると、幾つもの想定外と直面する。すると探索者たちは次第に冷静な思考を失ってしまうのだ。


 だから司令塔のように、常に冷静な仲間がいるというのは、それだけでありがたい。

 加えて、司令塔はその性質上、あまり戦いに参加しない。様々な意味でアリスに都合がいいポジションだった。


「シャープラビット、発見!」


 斥候のシャッハがモンスターを発見する。

 シャープラビットは長い爪が危険な、兎のようなモンスターだ。そのモンスターが三体いる。


「D級のモンスターだな。俺たちの実力なら、油断しなければ倒せる筈だ」


 そう言ってスメルクが《元素纏い》を発動した。

 スメルクは以前まで、水属性と風属性、二つの属性で《元素纏い》を発動していたが、レクトの指摘によって今は風属性のみの元素纏いを発動している。


「レイさん、二人の援護を!」


「了解!」


 アリスの指示に、レイは気合十分といった様子で応じる。

 以前は元素流しだったレイだが、レクトに適性を検査されてからは後衛の元素使いへと転向した。最初は「後衛は目立たない」「チマチマしていて面倒」と愚痴を漏らしていたレイだが、この一週間での努力が実を結び、今では優秀な元素使いとなっている。


「《フレイムランス》ッ!!」


 レイの掌から炎の槍が放たれた。

 強風の中でも一直線に飛ぶその槍は、シャープラビットたちの中心に突き刺さり、モンスターたちの隙を作った。


「今のうちに、倒すッ!!」


 風の元素を纏ったスメルクが、素早く剣を引き抜いてモンスターを斬った。

 直後、土属性の《元素纏い》を発動したシャッハが、篭手を装備した腕で二体目を殴る。

 残る一体はレイが《フレイムランス》で処理した。


「ハウンドドッグ! 五体!」


 シャッハがすぐに次の敵を伝える。


「うおぉっ!? ちょっとやべーんじゃねーか!?」


 ハウンドドッグは犬型のモンスターで、素早い動きと鋭い牙が脅威だ。

 五体同時に対処するのは少し難しい。


「み、皆、私の後ろに……!」


 ハウンドドッグが吠えると同時に、ハルがモンスターたちの前に立った。


「ハル!?」


「だ、大丈夫……レクト教官に、教えてもらったから……!」


 心配するスメルクに対し、ハルはいつも通りのおどおどした様子で――しかし前髪の奥にある瞳には、自信を漲らせて告げる。


「私の、得意分野は……防御っ!!」


 ハルはすぐに水属性の《元素纏い》を発動した。

 右方から迫るハウンドドッグの爪を受け流し、左方から襲いかかる二体目の身体にぶつける。


 小刻みにステップを踏み、体勢を整えたところで残る三体の位置を把握。

 後方からの突進を屈んで回避。真上に見えるハウンドドッグの腹を掌底で突き、吹き飛ばしたところで身体を翻す。斜め後方まで回り込んでいた二体のハウンドドッグによる噛み付きを、片方は躱し、もう片方は顎を押さえて受け流す。


「すげぇ……全部、的確に躱した」


「レクト教官が言っていたな……ハルは、相手を視る・・才能があると」


 モンスターの猛攻を受け流すハルを見て、レイとスメルクは驚愕した。


「ありがと、ハルっ! 後はアタシに任せてっ!!」


 よろけるモンスターたちに、シャッハが勢いよく突撃する。


「《篭手装化》、からの――――――全力パンチッ!!」


 土属性の元素を纏った、強烈な拳が放たれた。

 ハウンドドッグは散り散りに吹き飛び、活動を停止する。

 しかし、一体だけまだ動ける個体がいた。


「シャッハ、後ろだ!」


 レイが叫ぶ。

 だがシャッハの反応は間に合わない。 


「――《ウォーターボール》!」


 直後、アリスの掌から水塊が放たれた。

 水塊が衝突したハウンドドッグは、体勢を崩す。その隙にシャッハがトドメを刺した。


「このくらいなら、私も力になれますよ……!」


 多少の術式なら使用できる。

 シャッハは「ありがとっ!」と大きな声で礼を伝えた。




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