第27話 覚悟


「……アリス、ちょっと背中を向けてもらってもいいか?」


「? はい」


 アリスは不思議そうに首を傾げながら、こちらに背中を向けた。

 華奢な身体だ。触れると壊れてしまいそうな、繊細なガラス細工を彷彿とさせる。初雪の如く白い肌も相まって、儚い印象を受けた。


 そんなアリスの背中へ、俺は右の掌を添える。


「ひゃっ!?」


 アリスが小さく悲鳴を零した。


「あ、あの、あの……きょ、教官!? 一体、何を……っ!?」


「静かに。今、アリスの体内元素を感じ取っている」


「か、感じ取って、ですか……!?」


 目では見えなくとも、肌で感じれば何か分かるかもしれない。

 掌に意識を集中し、アリスの体内元素の動きを探る。

 今のところ、正常に感じるが……。


「何か術式を発動してみてくれ」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 アリスは緊張した様子で、元素を操作した。

 ぐるり、とアリスの体内元素が渦を巻く。それはアリスの両腕に流れ、やがて術式となって放たれ――。


「――あっ」


 アリスが小さく声を漏らした。

 また、失敗だ。

 しかし、失敗はしたが……収穫はあった。


「何かに、遮られているな……」


 元素の動きが途中で悪くなった。

 通常なら起こり得ない現象だ。


「遮られているというより……掻き消されている?」


 術式を発動するために、体内元素が掌に流れた後、突如それより大きな流れがアリスの中で生み出された。その大きな流れによって、術式の制御が掻き消されたような感触だ。


「あ、あの、教官。……どう、でしたか?」


「……悪い。何か掴みかけたんだが……やはり分からなかった」


 正直に答えると、アリスは「そうですか」と小さな声で言った。

 歯痒いことだ。これだけ一生懸命の少女に、何も応えることができないなんて……思わず拳を握り締める。


 だが、切り替えなければならない。

 以前と同じ轍を踏まないよう、俺はアリスの事情を考慮した上で語りかけた。


「アリスが実習に参加するのは問題ない。生徒たち全員の実力を底上げできたから、仮にアリスが戦力外だったとしても、D級ダンジョンくらいなら突破できる筈だ」


 アリスが伸びなければ、アリス以外の生徒を更に伸ばせばいい。そういう考えである。

 だが、これでは結局、アリスが足手纏いを脱却できていない。そこで――。


「アリスはこれから、術式の練習よりも、チームワークを磨くことに集中してくれ」


「チームワーク、ですか……?」


「ああ。仲間との連携は、現役の探索者も大事にしていることだ。個々の実力では劣っていても、チームワークが優れていれば格上のモンスターを倒すことだってできる。……今はとにかく、自分にできることを精一杯練習するんだ」


「……分かりました。いつまでも足踏みしていたら、皆の迷惑ですもんね」


 こちらの意図を理解したのか、アリスは首を縦に振る。

 しかし本心は複雑な筈だ。先程の俺の発言は、「今回ばかりは術式の発動を諦めろ」と暗に言っているようなものなのだから。


 俺も切り替えなければならない。

 小さく呼気を発する。今後、生徒たちをどう指導するか、考えたところで……ひとつ思い出した。


「アリス。唐突だが……誰かに狙われる心当たりはあるか?」


「狙われる、ですか? い、いえ、そんな物騒な心当たりはありませんけど」


「まあ、そうだよな」


 ここで即座に首を縦に振るようなら、ちょっと引く。

 思い出したのは、『渦巻く深淵』に現れたミノタウロスのことだ。まだ真相は明らかになっていないが、もしあれがアリスを狙った行動だとしたら、警戒しなくてはならない。


「次の実習についてだが……もし、明らかな異常事態に陥れば、すぐに救難信号を出すんだ。最近はダンジョンの様子もおかしいから、いつでも信号を出せるよう準備しておいてくれ」


「分かりました」


 アリスは頷いて、それから少し何かを考える素振りを見せる。


「レクト教官……ありがとうございます」


 不意に、アリスは改まった態度で言った。


「その、最初は色々と疑っていましたけど……今は教官が私たちの担任になってくれたこと、とても感謝しています」


 アリスは綺麗にお辞儀をして続ける。


「次の実習、頑張るつもりです。どうか期待していてください」


「……ああ」


 アリスも、アリスなりに覚悟を決めたようだ。

 なら俺は信じよう。

 挑戦する生徒の背中を見届けるのも、きっと教官の役割だ。




 ◇




 同時刻。

 王都から少し離れた都市にて。豪奢な屋敷の一室で、二人の男が密会していた。


「協会に感づかれた?」


「ええ。ミノタウロスの死骸を回収されましたから。……術式は切断しましたが、高位の元素使いならば痕跡を発見できるかもしれません」


「不都合はあるのか?」


「大したことではありませんが、警戒が強くなっているかもしれませんね。少し工夫してみます」


 そう説明すると、男は椅子に踏ん反り返る。


「協会がダンジョンの活性化に対応できていない今が最大のチャンスだ。次はしくじるなよ?」


「ええ……お任せください」

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