第26話 変化と停滞


 適性を検査した結果、凡そ十人が戦闘スタイルを変更することにした。

 基本的には元素使いに向いているか、元素流しに向いているかを確認しただけだが、元素の動きを観察すればそれ以外にも様々な得手不得手を分析できる。例えば元素使いの中でも中距離戦を得意とする者や、元素流しの中でも防御を得意とする者など、細かな適性まで把握できる。俺は生徒たちひとり一人に、なるべく丁寧にそうした内容を伝えていった。


 アリスと仲が良かった生徒たちも、何人か劇的な変化を遂げた者がいる。

 例えばレイは、今まで元素流しのスタイルだったが、検査の結果、元素使いの方が向いていると判明した。


 一方、シャッハは元素使いのスタイルだったが、ハルと同じく元素流しの方が向いていると判明した。

 二人はそれぞれ以前とは異なる鍛錬を積んでいる。


 そして、変化は生徒たちだけではなく――。

 俺の方にも起きていた。


「教官! アドバイスちょーだい!」


 適性の検査を行ってから、三日が経過した頃。

 実技の授業で生徒たちに術式の使い方を指導していると、シャッハがこちらにやって来た。


「どうした、シャッハ?」


「えっとね、この前の模擬戦でハルがやってた、腕を硬くする術式を使いたいんだけど……なんかうまくいかなくて」


「《篭手装化》か。あれは《元素纏い》を完璧にマスターしないと習得が難しい。まずは《元素纏い》の出力を安定させるところから始めてみてくれ」


「分かった! ありがと、教官っ!」


 シャッハは満面の笑みを浮かべて、練習を再開した。

 すると、他の生徒からも声が掛かる。


「教官! こっちも教えてくれ!」


「あ、あの、教官、ちょっと気になることが……」


「教官、俺も質問したいことがあります」


 レイ、ハル、スメルクたちも何か疑問があるらしく、こちらに近づいてきた。

 いつの間にか、目の前には生徒たちの列ができている。


 ――人手が欲しい。


 授業をボイコットされた時とは打って変わって、生徒たちは真剣に俺の授業を受けるようになった。


 ただ、その代わりに……想像以上に俺の負担も増えた。

 生徒たちも頑張っているため、俺が弱音を吐くわけにはいかない。しかし、三十人いる生徒たちの進捗を管理し、適切なアドバイスをし続けるのは中々難しい。


 だが、やり甲斐があるのも、また事実だ。

 まだ教官の仕事を始めて日も浅いが――楽しさが分かってきた気がする。


 生徒たちにそれぞれアドバイスをした俺は、ふぅと呼気を吐いて辺りを歩いた。

 すると、人気が少ないところで、黙々と鍛錬を積んでいる生徒を見つける。


「……アリス」


 美しい金髪碧眼の少女、アリス。

 彼女は今……汗水を垂らし、苦しそうな顔で努力していた。


「あ……レクト、教官」


 俺の存在に気づいたアリスは、気まずそうな顔をした。

 その表情を見て、思わず俺は後ろ髪をがしがしと掻く。


 適性を検査したことで、多くの生徒たちが変化した。

 しかし、中には変化しなかった・・・・・・・生徒もいる。


 それがアリスだ。

 三十人いる一組の生徒の中で、アリスだけが……何も変わらなかった。


「やっぱり、駄目か?」


「……はい。今までと同じように、上手く元素を操作できません」


 溜息が出そうになったところを辛うじて抑える。一番辛いのはアリスだ。


「アリスの適性は、間違いなく元素使いだ。だから本来なら、元素の制御は得意な筈なんだが……」


 まさかその制御で躓くとは思わなかった。

 続く言葉が出ない俺に、アリスは小さく口を開く。


「私……本当に、才能がないですね」


 アリスは顔を伏せて言った。


「折角、レクト教官と仲直りしたのに……折角、強くなれると思ったのに……どうして私はいつも、こうなってしまうんでしょうか……」


 スカートをきゅっと握り締め、アリスは震えた声で言う。


 ――焦るのも無理はないか。


 きっとアリスは今までも、こうして期待を裏切られ続けてきたのだろう。

 教習所の教官が、アリスの欠陥をいつまでも無視する筈がない。多分、既にあらゆる手を尽くされた後なのだ。それでもアリスは成長することなく、他の生徒との差がどんどん開いてしまった。


 死ぬことと同じくらい、停滞することを恐れている。


「……凹まなくてもいい」


 消えてしまいそうなほど弱々しい様子を見せるアリスに、俺は告げる。

 気休めにしかならないが、落ち込んでいる生徒をそのままにはしたくなかった。


「実は、俺も昔は落ちこぼれと言われていたんだ」


「……そう、なんですか?」


「ああ。とにかく覚えが悪くてな。自分に向いている術式は何なのか、一通り試してみたが……分かったのは、全部向いていないということだった」


 当時の苦労は今でも鮮明に思い出すことができる。


「しかし、そんな俺でも探索者になることはできたんだ。だからアリスだって、簡単に諦める必要はない。……きっと、ある筈だ。アリスだけの強さが」


「私だけの、強さ……」


 アリスが言葉を反芻する。

 その強さを探すために、俺も引き続き努力をしよう。


 そんな風に考えていると――ふと、試してみたいことを思いついた。

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