第22話 伸びしろ


「あ、あの、すみません。授業に遅れちゃいまして……」


 ハルはおどおどした様子で頭を下げた。

 その周囲には、他にも四人の女子生徒がいる。彼女たちも気まずそうな顔で頭を下げた。


「てっきり、ボイコットされたと思ったが……」


「そ、その、一部の人たちはそうなんですけど……わ、私たちは、やっぱりレクト教官の授業を受けたいと思って……」


 ハルの言葉に、周りにいる生徒たちも頷く。


「そうか。……じゃあ少し遅いが、授業を始めよう」


「は、はい!」


 ハルがやる気を漲らせる。

 このままでは早々にクビになってしまうかもしれないと思ったが、なんとか首の皮一枚、繋がったかもしれない。ハルには感謝しなくては。


「確か全員、元素使いだったな?」


「そ、そうですけど……もう全員のことを、覚えているんですか?」


「そうしないと授業ができないからな」


 生徒たちが顔を見合わせ、明るい笑みを浮かべた。

 意外に思われているところ申し訳ないが、流石にそのくらいのことはするつもりだ。


「なら今日は的当ての練習をしよう」


 ハルを含む五人の女子生徒は「はい!」と返事をする。

 その後、俺たちは倉庫から的を出し、元素の術式を用いて的当てを開始した。


「ハル、もう少し肩の力を抜いた方がいい」


「は、はい!」


 的当ては、射撃訓練とも呼ばれる練習だ。

 読んで字の如く、遠くに設置した的を術式で撃ち抜く練習である。元素使いなら誰もが一度は行っているだろう。


「あ、あの、レクト教官」


 的当ての練習中、ハルが小さな声で話しかけてきた。


「この前の授業……助けていただき、ありがとうございます」


「ん? ああ、シャッハの岩が落下した時か」


「は、はい」


 ハルは首を縦に振る。


「今更、なんですけど……あれって、偶然岩が割れたわけじゃ、ないですよね?」


 その問いに、俺は思わず唇を引き結んだ。

 そんな俺に対してハルは語る。


「あの時、教官が何かをしているのが見えたんです。でも……早すぎてよく分からなくて、今まで自信が持てませんでした。……すみません」


 長い前髪の奥で、ハルが視線を下げているのが分かった。

 そんな彼女の発言に、俺は暫し考える。


 ――目がいいのか?


 あの時、俺は岩を切断するために、ある武器を生み出した。

 しかし迷宮殺しを引退した俺は、できるだけそのトレードマークである武器を他人に見せたくなかった。


 だから俺はあの時、常人では視認できない・・・・・・・・・・速度・・で武器を出し、岩を斬った筈だが……ハルにはそれが見えたらしい。


「……ハル。ちょっと適当に術式を使ってもらってもいいか?」


「え? は、はい、分かりました」


 困惑しながらも頷いたハルは、水の塊を生み出す術式、《ウォーターボール》を発動する。

 確かハルの元素レベルは、このようなものだった筈だ。


**********************************


●ハル=ソプリア

【属性レベル】

 総合:11

  火:4

  水:40

  土:5

  風:15

  雷:7

  光:3

  闇:3


**********************************


 水属性のモンスターを積極的に倒したのだろう。だからハルの元素レベルは水属性が一番高い。


「そのまま、発動を維持してくれ」


「は、はい」


 術式を維持するハルの、体内元素の動きを観察する。

 疑念は今……確信に変わった。


「あ、あの、教官……?」


 ハルが掌の上に水塊を維持したまま、こちらを見る。

 少し思い悩んだ。ハルには明らかな伸びしろがある。しかし実習まで後一週間だ。生半可な訓練を積んだところで、中途半端な結果にしかならないだろう。


「……ハル」


「は、はい」


「皆で実習に参加したいか?」


 ボイコットが起きた切っ掛けについては、きっとハルも知っている筈だ。

 ハルは僅かに目を見開いたが……やがて首を縦に振った。


「はい。……できれば、そうしたいです」


 予想していた答えだった。

 それなら――皆には、覚悟してもらおう。


「全員、聞いてくれ」


 その場にいる生徒たちに、俺は大きな声で告げた。


「少し授業の内容を変えよう」

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