第21話 レクトの使命
「ダンジョンが……活性化?」
訊き返す俺に、ミーシャは「ええ」と頷いた。
「具体的には、モンスターの増加や、本来そのダンジョンには存在しない筈のモンスターが出現するようになったわ。色んな変化が起きているけど、それらの共通点はひとつだけ。全部、ダンジョンの難易度が跳ね上がる変化ってことよ」
「つまり、探索者にとっては悪い変化ということか」
それなら確かに、ダンジョンの活性化という表現は的を射ている。
「原因は分かったのか?」
「色々推測はできるけど……多分、レクトの影響が大きいわ」
「……俺?」
「レクトって、少し前までは毎日のように高難度のダンジョンを探索してたじゃない? それがここ最近、大人しくしているから、ダンジョンが調子に乗っているのよ」
「いや……それは流石に、こじつけが過ぎるんじゃないか?」
「実は以前からデータを取っていたの」
そう言ってミーシャは数枚の書類を俺に渡す。
書類には幾つかのグラフが載せられていた。
「見れば分かる通り、レクトが迷宮殺しと呼ばれるようになった辺り……ええと、二つ目のS級ダンジョンを破壊した頃ね。この辺りから、ダンジョンのモンスターが徐々に減少しているわ」
「……そうだったのか」
「ええ。だから、この逆も起きるんじゃないかって私は考えてる」
全く知らない事実だった。
しかし、こうはっきりと数値を示されると納得するしかない。
「じゃあまた俺が、適当にダンジョンを壊せばいいのか?」
「そんな、お遣いに行くみたいな感じで言わないでちょうだい……」
ミーシャが額に手をやって告げる。
「レクトは何もしなくていいわ」
「……そうなのか?」
「ええ。レクトもこの前、自分で言ってたでしょ。ダンジョンを破壊し続けてもキリがないって。……私もそう思うわ。レクトが危険なダンジョンを破壊してくれたおかげで、モンスターの脅威は激減したけど、それだけでは根本的な解決に至らなかった。だから今回の件は、これまでとは違う方法で解決した方がいいと思うの。ここでまたレクトに頼るようじゃ、私たちは前に進めないわ」
真剣な面持ちでミーシャは言った。
「幸いレクトのおかげで、S級の探索者が活動を続けていれば、モンスターの数が減ると分かった。つまり必要なのは……より多くの強力な探索者よ」
ミーシャは続ける。
「皆がレクトみたいに……とまでは言わないけど、探索者たちはもっと強くならなくちゃいけないわ。それこそ、ダンジョンがびっくりしちゃうくらいね。探索者の全体的な実力が底上げされれば、モンスターの数も持続的に減少するでしょ?」
「確かに、そうかもしれないな」
「多分、今すぐには難しいけれど、五年、十年とかければ実現できる。……これは、次の世代を見越した課題になると思うわ」
伊達に協会の要職に就いているわけではない。
ミーシャは既に、長期的な目線で問題を解決するまでの展望を見通していた。
「次の世代、か……」
何故かその言葉がしっくりきて、俺は小さく声に出す。
次の世代。それはまさに――この教習所の生徒たちではないだろうか?
「……俺が」
思わず、呟く。
頭の中にはっきりとした展望が浮かんだ。
――俺が、育てればいいのか。
今までやってきたダンジョンの破壊は、決して楽な仕事ではなかった。
しかしそれだけで世の中は平和にならなかった。だから俺は、改めて身の振り方を考えることにし、教官という職に就いたが――。
これは使命だったのかもしれない。
俺は今、初めて、教官という仕事と本気で向き合うための理由を見つけたような気がした。
「協力する」
ミーシャに告げる。
「次の世代を育てるのは、今の俺の仕事だからな」
「……そうね。期待してるわ」
ミーシャは嬉しそうに微笑んだ。
「あ、そうだ。これも伝えておこうと思ったんだけど……」
ふと思い出したかのようにミーシャが言った。
「この前、レクトが倒してくれたミノタウロスがいたでしょ? 後日、協会の職員がその死骸を解剖したんだけど……どうも変なものが仕込まれていたみたいなの」
「変なもの?」
「詳細はまだ解析中だけど、何かしらの術式なんじゃないかって言われてる。……つまり、あのミノタウロスだけは、自然発生したものじゃない可能性が高いわ」
「……誰かが術式を使って、ミノタウロスをあの場に用意したということか」
「あくまで可能性だけどね。……ダンジョン活性化によるゴタゴタに紛れて、誰かが怪しいことを企んでいるのかもしれないわ。レクトも注意してちょうだい」
「分かった」
それじゃあまたね、と言ってミーシャは踵を返す。
やや早足で去る少女の背中を俺は黙って見送った。忙しい中、わざわざ来てくれたのだろう。
ミーシャの姿が見えなくなってから、俺は先程、彼女に言われたことを思い出す。
ミノタウロスの死骸に、変なものが埋め込まれていたという話だ。
――あの状況が仕組まれていたとしたら、恐らく、狙われたのはアリスだ。
あの場にいた人物は、俺と、アリスと、『蒼剣練武』のメディのみ。俺とメディは、アリスを救助するために緊急でダンジョンに突入したので、偶然その場に居合わせただけという可能性が高い。
アリスは公爵家の娘だ。
平民である俺たちと比べると、誰かに狙われる理由もあるだろう。
問題は、誰がアリスを狙っているのかだが……。
「……今はまだ、協会に任せた方がいいな」
現状、俺の出る幕はない。
しかしアリスは俺の生徒だ。もし彼女が危険に曝されているのだとしたら……何とかしなくてはならない。
「あ、あの……教官」
一人で悩んでいると、不意に声が掛けられた。
振り向くと、そこには紫色の髪の少女がいた。
「ハル?」
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