第20話 ボイコット
アリスと実習について話した翌日。
グラウンドで腕を組みながら立っていると、視界の片隅に見慣れた人物が映った。
「ミーシャ?」
赤髪の少女ミーシャが、真っ直ぐこちらに近づいてくる。
「久しぶりね、レクト。この間の伝言について、話をしに来たんだけど……」
そう言いながら、ミーシャは辺りを見回した。
「えっと……今、授業中よね?」
「ああ」
「……生徒は?」
「見ての通り、ボイコット中だ」
この時間は本来なら俺が担当する実技の授業である筈だが、目の前には生徒が一人もいなかった。
エラさんから、質の悪い授業をすれば、次第に生徒たちも離れていくとは聞いていたが……まさかこんな早く見切られるとは。
目の前で、ミーシャが溜息を吐く。
「迷宮殺しの授業をボイコットなんて、贅沢な生徒ね。本来なら大金を叩いてでも受けたいという人が多いのに。……何かあったの?」
「まぁな。……少し、生徒と口論になってしまった」
答えると、ミーシャは目を丸くした。
「珍しく落ち込んでいるのね」
「……そう見えるか?」
「長い付き合いだもの。そのくらい分かるわよ」
そこまで見抜かれているなら、訳を説明してみるのもいいかもしれない。
ミーシャは幼いが、仕事柄様々な人と交流しており博識だ。頼もしい相手である。
「……どうしても、実習に参加したいと主張する生徒がいたんだ。ただ、能力的に厳しそうだから、今回は諦めた方がいいと伝えたんだが……少し厳しく言い過ぎたかもしれない」
アリスのことをどう語るべきか、考えながら口を動かしていると、ミーシャが何かに思い至ったかのような顔をする。
「ねえ、レクト。その生徒ってもしかしてアリスのこと?」
「そうだが……知っているのか?」
「知ってるも何も、あの子に実習の参加は見送った方がいいと伝えたのは私よ。……言っておくけど、ちゃんとあの子のレベルを考慮した上での判断だから」
「分かっている。寧ろ伝えてくれて助かった」
「別に、当然のことをしたまでよ」
ミーシャは「ふん」と視線を逸らして言う。
探索者が成果を挙げれば、協会の利益に繋がる。そのため職員の中には、分不相応なダンジョンに挑もうとする探索者を敢えて止めない者もいる。……そうした事例を考えれば、ミーシャは探索者にとって非常にありがたい職員と言えるだろう。彼女は利益だけでなく、探索者の未来も考えている。
「でも、あの子にも色々と事情があるのよ」
ミーシャは説明する。
「アリスの実家……フィリハレート公爵家の家督は、長男が継ぐことになっているわ。それ以外の家職に関しては長女に任されている。……次女であるアリスには、何も残されていないの。あの子は自由と引き換えに、家族に対して負い目を感じてしまっている」
「……兄と姉は家に貢献しているのに、自分は何もしていないからか」
「そう。……そこでアリスは、自分なりにどうやったら家に貢献できるのか考えて、その結果、探索者を目指すことにした。探索者として名を馳せれば、自分も公爵家にとって必要な存在になると考えたのね」
その説明を聞いて、俺は納得した。
「だから、あそこまで焦っていたのか」
見習いであるにも拘わらずD級ダンジョンを一人で探索したり、実習に意地でも参加しようとしたり、些か無茶が過ぎるとは思っていたが、事情があったようだ。
「本人も能力が足りないことを自覚しているから、色々と無茶しているみたいね」
「……だったら尚更、実習への参加は推奨できないな」
功を焦る。それは探索者が最も注意しなくてはならないことだ。
ダンジョンには貴重な資源が数え切れないほど眠っている。それこそ、貴族たちが共存共栄を図るほどに。……そのような環境だからか、一度功を焦ると歯止めが利かなくなってしまうのだ。
公爵家の娘として相応しい功績を求めるなら、尚のことだろう。
ダンジョンは、じわりじわりと探索者をいたぶるような優しい設計をしていない。死ぬ時は一瞬だ。ほんの少しでも慢心すれば、次の瞬間には絶命する。
――そんな風に、目の前で仲間が死ぬ光景を、どれほど見てきたか。
思わず拳を握り締めた。
何度見ても慣れない光景だ。思い出すとすぐ後悔の念に苛まれる。
「ちゃんと話した方がいいわよ。ここの生徒たちは、まだ探索者見習い……レクトと比べて、ダンジョンの残酷な部分をまだ知らないわ」
ミーシャは真面目な顔で言う。
「それに、あの子は公爵家の娘とはいえ、まだ十四歳の子供よ」
多感な時期だ。黄金世代とか関係なく、不安定な年頃である。
「ミーシャが言うと説得力があるな」
「二年後になったら私もああなってるかもしれないわね」
「そんなイメージ全く湧かないが……」
「あら、それは私が大人っぽく見えるってこと?」
大人っぽく振る舞おうとしている子供に見える。言うと怒られらので黙っておくが。
しかし本当に、十二歳とは思えない言動の少女である。
「とにかく、ミーシャの言う通りだ。……もう一度、話してみる」
アリスの背景にも同情の余地は十分ある。
次はもう少し慎重に説明しよう。
「それじゃあ、次は私の話をさせてもらうけど……」
ミーシャが改めて口を開いた。
「最近、どうもダンジョンが活性化しているみたいなのよ」
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