第19話 すれ違い
結局、アリスの特訓に付き合ってくれる探索者はいなかった。
理由は主に二つ。ひとつは、教習所の生徒たちが出せる程度の報酬では、割に合わないと判断されたことだ。探索者たちも忙しい。普段の活動を捨ててまで生徒たちに協力するような物好きはいなかった。
もうひとつの理由は、アリスが公爵家の次女であることだった。協会の職員たちはアリス本人の要望によって、極力彼女を公爵家の娘と扱わないよう注意しているが、それを探索者のひとり一人に求めるのは酷な話である。大抵の探索者には、危険なものに近づいて火傷する趣味などない。
何も解決しないまま、アリスは次の一日を迎えた。
爽やかな朝日が教室の窓から射し込んでいた。しかし、アリスは陰鬱とした表情で席に座る。
「あ、あの、アリス」
「ハルさん?」
朝のHRが始まる前。
落ち込むアリスに、ハルが声を掛けた。
「その、昨日の続きだけど……レクト教官に、頼ってみるのはどうかな? 皆は不安だって言ってるけど、私は、頼りになる人だと思う……」
引っ込み思案のハルが、他人と異なる意見を主張するのは珍しかった。
アリスは僅かに目を丸くするも、すぐに首を縦に振って納得する。
「そう、ですよね。レクト教官は、私たちの担任ですし……」
「う、うん。きっとレクト教官なら、アリスの味方になってくれると思う」
ハルの言う通りだとアリスは思った。
自分たちは教習所に通う生徒なのだから、何があっても教官は味方になってくれる。冷静に考えたらこれほど頼もしいことはないだろう。
レクト自身の実力に不安はあっても、解決への糸口くらいなら見つけてくれるかもしれない。アリスは前向きな気持ちを取り戻し、立ち上がった。
「ありがとうございます。……早速、教官を探してきますね」
アリスは早足で教室を出て、職員室へ向かった。
その途中、グラウンドを横切るレクトの姿を見つける。アリスは階段を下りてグラウンドの方へ移動した。
「レクト教官!」
「……アリス?」
唐突に声を掛けたからか、レクトは少し驚いた様子で振り向いた。
「少し、ご相談があります」
真剣な態度で伝えると、レクトもまた真摯な顔つきで話を促す。
「先日、協会へ実習の説明を受けに行ったのですが……」
「……ああ、確かそんな話をしていたな」
相槌を打つレクトに、アリスは続ける。
「その、私のレベルでは、来週の実習は難しいと言われまして……参加するかどうかを、今一度考え直すことになったんです。……ご意見を、いただけないでしょうか?」
恐る恐るアリスは訊く。
レクトは暫く考えた末、ゆっくりと口を開いた。
「……協会が難しいと判断したということは、
厳しい声音でレクトはそう告げ、
「俺は、参加しない方がいいと思う」
端的に発せられたその言葉を聞いて、アリスの頭は一瞬真っ白に染まった。
心のどこかで、教官はきっと自分の背中を押してくれると期待していた。アリスはどうにか動揺を押し殺し、食い下がろうとする。
「で、ですが……それでは探索者になるという目標が、遠ざかってしまいます」
「死ねば元も子もない」
子供でも分かる単純なことを、レクトは簡潔に告げた。
「実習まであと一週間しかないんだ。今から何かを学んだとしても、付け焼き刃になる。多分……協会もそこまで考えた上で、判断したんだろう」
レクトの言葉はどれも正論だった。
けれど、違う。アリスは焦る。そういう言葉が欲しいわけではない。
「わ、私、どうしても探索者になりたいんです……!」
自分がどれほどの覚悟を持っているのか、伝えた方がいいかもしれない。
そう判断したアリスは、冷や汗を垂らしながら、懇願するように語る。
「才能がないのは、自分でも良く分かっています! それでも、私にはこれしか道がありませんから……その夢が遠ざかるくらいなら、多少の無茶はしたいんです」
「無茶と言ってもな……」
「きょ、教官は、まだこの教習所に来たばかりなので、知らないかもしれませんが……実習での活動実績は、成績に大きく影響が出るんです! 座学や実技など、それ以外の授業でどれだけの高得点を取っていても、実習で成果を出せなければ卒業できません」
このままでは反対される。そう思ったアリスは畳みかけるように語り続ける。
しかし、レクトは――。
「無理だ。アリスの実力では厳しい」
酷薄な言葉が発せられる。
「俺もあれから実習について色々調べた。どうやら、かなり本格的な探索を行うようだな。……次はD級のダンジョンに潜るんだろう? 『渦巻く深淵』の時は運良く助かったが、次はそうもいかない。……諦めた方がいい」
淡々と告げるレクト。
その態度があまりにも冷たく感じ、アリスの感情は遂に決壊した。
「そ……それが、教官の、言葉ですか……?」
震える声で、アリスは訊く。
「も、もう少し、何か、言ってくれてもいいじゃないですか……っ! アドバイスとか、せめて応援だけでも……! ひ、人が、これだけ一生懸命、頼んでいるというのに……っ!」
目元に涙を浮かばせながら、アリスは言った。
涙を零すアリスを見て、レクトが多少狼狽する。その態度が癪に障った。狼狽するくらいなら頑なに否定しないで欲しい。
どうしてそこまで自信満々に否定できるのか、アリスには理解できなかった。
どうせ――どうせ、大した人間でもないくせに。
「もう、結構です……!」
アリスは拳を握り締めて、レクトを睨み付ける。
「私……貴方に教わることは何もありません!」
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