第18話 恩人は誰だ

「あの、『蒼剣練武』の方々ですよね?」


「ん? そうだが……」


 アリスは恐る恐る『蒼剣練武』が座る席へ近づいた。

 リーダーである青髪の女性メディが、こちらへ振り返る。


「先日、『渦巻く深淵』で救助していただいたアリスです。助けていただき、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げるアリスを見て、メディもアリスのことを思い出した。


「……そうか、君はあの時の少女か。どうりで見覚えがあると思った」


「お、おい、リーダー。相手は公爵家だぞ、言葉使いを気をつけろ」


 傍にいた男がメディに注意する。

 しまった、とでも言わんばかりに口を押さえるメディ。そんな彼女に、アリスは慣れた様子で微笑んだ。


「今はただの探索者見習いですので、言葉使いはそのままで結構です。協会の職員さんにも、そうしてもらうよう伝えていますし……自然に接していただければ幸いです」


「……分かった。では、このまま対応させてもらおう」


 メディは安堵した様子で頷いた。


「『蒼剣練武』の皆さん。助けていただいた上で、こんなことを頼むのは不躾であると承知しているのですが……よろしければ私に、探索者としての戦い方をご指導いただけないでしょうか?」


「指導? 私たちがか?」


「はい。事情がありまして、少しでも早く成長したいんです」


 来週の実習までに、皆の足手纏いにならない程度には強くならなくてはならない。

 アリスは真剣な面構えでメディに頼む。しかしメディは暫く瞼を閉じ、神妙な面持ちで口を開いた。


「……まず先に、訂正しておこう」


 メディは、どこか言いにくそうに続ける。


「君を助けたのは、我々ではない」


 その言葉に、アリスは目を丸くした。


「そう、なんですか? しかし私は、皆さんに救助されたと聞いていますが……」


「どういうわけか、そうなっているが……実際は違う。確かに私は君を救助しようとしたが、その途中でモンスターとの戦いに敗れて気絶した。君を助けた探索者は他にいる」


 難しい顔をしながら、メディは続けた。


「実を言えば、我々もその相手を探すために協会へ来たんだ。……ここ数日、ずっとこの場所で探索者たちを観察しているが、まだその人物は見つけていない」


「……どんな方なんでしょうか?」


「私も気を失う直前のことだったから、あまり覚えてはいないが……男だった筈だ。髪は黒色で、体格は普通。《元素纏い》を使っていたことから、恐らくは元素流し……しかし見たことがない属性だった。闇属性のようにも見えたが、それよりもっと黒々としていたような……」


 顎に指を添え、メディは語る。


「あと、顔に覇気がなかったな。……これは参考になるか分からないが」


 メディが思い出したように言う。


「……まさか」


 アリスが知る人物の中で、一人だけ全ての条件に当て嵌まる者がいた。

 レクトだ。まだ彼のことは良く知らないが……だからこそ、安易に否定できない現実感がある。


 ――違う。


 そんな筈がない、とアリスは頭を振る。

 自分たちを救助したその人物は、A級探索者であるメディに匹敵するほどの実力があるのだ。もしレクトにそれほどの実力があるなら、探索者を引退する必要がない。


「どうかしたのか?」


「い、いえ、なんでもありません」


「そうか。何か分かったら私にも教えてくれ。……その探索者は君と一緒に私も救助したんだと思う。命を救ってくれた恩人に、感謝の気持ちを伝えたいのは私も同じだ」


 感謝の念を伝えられないというのは存外心苦しいものだ。

 自分を救ってくれた恩人は誰なのか。モヤモヤとした気分だけが残る。


「それと、指導の件だが、申し訳ないが他をあたって欲しい。私たちは明日から三日ほど遠出する予定なんだ」


「……分かりました。ありがとうございます」


 アリスは丁寧に頭を下げ、踵を返した。




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