第17話 特訓せねば
「成る程。……モンスターの増加や、棲息する階層の変化だけではなく、本来なら出現しないモンスターまでもが現れたと」
アリスの伝言を聞いて、ミーシャは深く考える素振りを見せた。
「『刻々大帝の砂岩宮』でも同様のことが起きていたというのは、まだ聞いていない情報ね。……ありがとう。レクトからの伝言、確かに受け取ったわ」
ミーシャは慣れた様子で、手元の紙にさらさらとメモを取る。
年齢は明らかに自分たちより年下だ。しかし、その姿はとても子供には見えなかった。
かっこいい
自分より年下なのに、その話し方や振る舞いはどこか洗練されており、公爵家である自分にも一切物怖じしていなかった。人と接する職場で働き続け、尚且つ人に指揮する立場である者特有の貫禄を感じる。
そんな風に考えていると、ふとアリスは、ミーシャからじっと見つめられていることに気づく。
「あ、あの……何か?」
「……なんでもないわ。レクトの教え子だから、ちょっと気になっただけよ」
「レクト教官の……?」
そこでレクトの名が出てくることに、アリスは軽い疑問を抱く。
「あの、ミーシャさんって、レクト教官とはどのようなご関係なんですか?」
「関係と言われると、うーん……名目上は、協会の職員と、探索者の関係でしかないけれど……」
頭を悩ませながらミーシャは言う。
「ええと、じゃあ……そこまで深い仲ではないんですね」
「そ、そんなことないわよ!!」
ミーシャが顔を真っ赤にして立ち上がった。
アリスとしては普通の発言しかしていないつもりだったが、何かが彼女の気に障ったらしい。
「ち、違うんですか?」
「ええ。わ、私とレクトはね……その、一言では言い表せないような関係なのよ!」
「ひ、一言では、言い表せない関係ですか!?」
「そうよ! 私たちは、ええと、つ、強い絆で結ばれてるんだから!!」
「強く……結ばれ……っ!?」
アリスは目を見開いた。
「おいおいおい……おいおいおい」
「レクト教官って、まさか……ロリコン?」
レイとシャッハが困惑する。
「いや、微妙に違うような気もするが……」
唯一この場で冷静さを保っているスメルクが呟いた。
「と、とにかく! 私とレクトは長い付き合いがあるのよ! 私は七歳の頃からで、レクトは十五歳の頃から、互いに面倒を見てきた間柄なの! だから、貴女たちなんかよりずーーーーーっと深い関係なのよ!! いいわね!!」
「は、はい! 心に刻んでおきます!」
ミーシャの迫力に押されて、アリスは変な相槌を打った。
「で、では、私たちはこれで、失礼いたします……」
奇妙な空気の中、アリスは踵を返そうとする。
「……あ、ちょっと待って」
アリスが立ち去る直前、ミーシャが呼び止めた。
「貴女、来週になったら実習を受けるのよね?」
「そのつもりですが……」
そう答えると、ミーシャは複雑な顔をした。
「後で詳細を聞くとは思うけど、次の実習ではD級のダンジョンに潜ってもらう予定なの。でも、貴女のレベルだと正直……厳しいかもしれないわ」
その言葉を聞いて、アリスは唇を引き結んだ。
分かってはいたことだ。自分が周りと比べて劣っていることくらい。しかし……いざ審判を下されると、指先ひとつ動かせないほどのショックを受けている自分がいた。
「
「……分かりました」
厳しい言葉だが、聞き入れるしかない。
再び頭を下げてアリスはカウンターから離れる。
「アリス、どうかしたのか?」
どこか落ち込んだ様子のアリスへ、友人たちが心配する。
「その、大したことではありませんが……私のレベルだと、次の実習は厳しいと言われまして。もしかすると、私だけ不参加にさせていただくかもしれません」
視線を下げて告げるアリスに、友人たちは眉間に皺を寄せた。
「ちょっとアリス~? それは十分、大したことだと思うよ~?」
「ああ。早急に対策を取らねばならない」
これを「大したことがない」と切り捨てたら、ただの薄情者だ。
自分たちはそんな薄情者ではない。案にそう告げる友人たちに、アリスは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
「……すみません。いつもご迷惑をお掛けして」
「気にすんなって。俺たち、好きでアリスと一緒に行動してるんだからさ」
「わ、私も、同じ気持ちだから!」
レイとハルも、アリスを慰める。
気遣いではなく本心からの言葉だった。
「じゃあ作戦会議をしよっか! お題は、どうやったらアリスを実習に参加させられるか!!」
シャッハが元気な声で言う。
付近にいた探索者たちがこちらを振り向いた。アリスは少し顔を赤く染める。
「やはり、実習までにひたすら特訓をするしかないだろうな」
スメルクが、腕を組みながら言った。
「でも特訓って言ったって、具体的にどうすりゃいいんだよ」
「一番いいのは誰かに教えを乞うことだ。俺たちの場合、頼りやすいのはレクト教官になるが……」
「……レクト教官は、不安だな」
「ああ。あの人に教わるのは最後の手段ということにしておこう」
スメルクが手厳しい発言をする。
「そ、それなら、現役の探索者にお願いしてみるのは、どうかな?」
「アタシもハルの意見に賛成! ただ、誰にお願いすればいいのか分からないけど……」
うーん、と全員が悩んだ末、スメルクが口を開く。
「当たって砕けるしかないか。……とにかく片っ端から声を掛けてみよう。誰か一人くらい、手を貸してくれる探索者がいるかもしれない」
この協会には大勢の探索者がいる。誰か一人くらい、そういう奇特な人間がいてもおかしくない。
誰か声を掛けやすい相手はいないか、各々が視線を動かす中……ふと、視界の片隅に青髪の女性が映った。
階段の下にある目立たないテーブル席に、四人の男女が座っている。
「……『蒼剣練武』」
有名なB級パーティのメンバーたちだった。
彼らにはダンジョンで救助された恩がある。しかし今まで礼を言いそびれていた。
アリスは感謝の気持ちを伝えるため、彼らに近づいた。
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