第16話 ミーシャとは?
探索者協会は、王都の大通りに面したところにある。
その外観は立派なものだった。なにせ探索者の活動は社会的影響力が高い。ダンジョンの探索による資源の確保や、人命救助、その他諸問題の解決など、そうした活動を円滑に続けるためには大規模な運営本部が必要だった。
そんな探索者協会は今……猛烈に騒がしい様子を見せていた。
「……なんか、忙しそうだな」
「ああ。……ここまで忙しないのは見たことがないぞ」
単純に驚くレイに対し、スメルクは何か起きているのではないかと疑いを持つ。
入り口辺りで狼狽する二人を他所に、シャッハが元気な声で挨拶をした。
「すみませーん! 私たち、教習所の生徒なんですけどー!!」
「あ、はい! 少々お待ちください!」
受付嬢が生徒たちに気づく。
アリスを中心とした教習所の生徒たちは、カウンターで受付嬢と向かい合った。
「あの、何かあったんでしょうか?」
アリスの問いに、受付嬢は苦笑する。
「その……ここ最近、急にダンジョン内のモンスターが増えたみたいでして。探索者からの救助要請が頻繁に来ているんです」
「そうだったんですか。……どうしてモンスターが増えたんでしょう」
「それが、私たちもまるで心当たりがなくて……最近の大きな変化と言えば、ひとつしかありませんが……」
「変化?」
首を傾げるアリスに、受付嬢は神妙な面持ちで答える。
「迷宮殺しが、活動を停止したことです。……確証はありませんが、一部では囁かれているんですよ。ダンジョンにとっての天敵である迷宮殺しが、引退したせいで、ダンジョンが活性化しているんじゃないかと……」
「なんか、ありそうだな……それ」
「ああ。その手のオカルトは信用しない主義だが、迷宮殺しは色んな意味で常識が通用しないからな」
顔を引き攣らせるレイの隣で、スメルクも腕を組みながら頷く。
「迷宮殺しって、S級ダンジョンを七つも破壊したんだよね? う~ん……アタシたちがS級ダンジョンに挑んだら、どこまで行けるのかな?」
「え、S級ダンジョンは、そこにあるだけで、周囲の土地に人が住めなくなっちゃうくらいだから……多分、辿り着くこともできないんじゃないかな……」
豪胆な考えを口にするシャッハに対し、ハルは遠慮がちに告げた。
S級ダンジョンがある土地は、人が住めなくなってしまうほどの危険地帯となる。
逆に言えば――迷宮殺しがS級ダンジョンを破壊すると、その度に人の住める土地が増えたのだ。
そのため、迷宮殺しの最大の功績は、土地の開拓と言われている。
今までは誰も手出しできなかった危険地帯を、凡そ大陸一つ分、開拓してみせたのだ。
「話を戻しますが……迷宮殺しの引退に加え、国もダンジョンとの共存共栄を図ると正式に決めましたし、そういったことが重なって協会は今、手続きに追われています。……確か、実習についての相談でしたよね? 大変申し訳ないのですが、あと三十分ほどお待ちいただけないでしょうか?」
「分かりました。私たちの方こそ、お忙しい中すみません」
深々と頭を下げるアリスに続き、他の者たちも慌てて頭を下げた。
通常、教習所の生徒たちがダンジョンを探索する際は、教官の指導に従わねばならない。しかし実習は、より現場のことを理解するために、敢えて協会が指導するものとなっている。
わざわざ協会の手を煩わせているのだ。感謝の念を忘れてはならない。
生徒たちはカウンターから少し離れた位置まで移動した。
「ダンジョンとの共存共栄なぁ……本当にできんのか、そんなの?」
暇を持て余したレイが、小さな声で呟いた。
「分からないが、できなかったら大損害を受けることになる」
「どういう意味だよ、スメルク」
「今までは、可能ならダンジョンなんて破壊してしまえばいいという方針だったからな。だから探索者たちも、モンスターの討伐には容赦がなかった。……しかし共存共栄を図るなら話は別だ。これから探索者はある程度、手加減をしなければならない。つまりダンジョン内のモンスターの数が増える」
スメルクは冷静に予測を語る。
「ダンジョン内のモンスターが一定数を超えれば、モンスターがダンジョン周辺に
「でも、半世紀前とかと比べればかなりマシになったんだろ? 今なら、共存共栄を考える余裕もあるんじゃないか?」
「今の世界をマシにした功労者こそが迷宮殺しだ。しかしその英雄も引退した。これから先、どうなるかは誰も分からない」
真剣な面持ちで告げるスメルクに、レイも「確かになぁ」と頷いた。
「……あ、そう言えば私、教官に伝言を頼まれていました」
不意にアリスが告げる。
「すみません、少し席を外しますね」
「いやいや! 面白そうだ! 俺も行くぞ!」
「あの教官が伝言か……少し興味があるな」
「じゃあアタシも行くー!」
「それじゃあ、私も……」
アリスは一人で用事を済ませようとしたが、レイ、スメルク、シャッハ、ハルの四人がついて行くことを希望した。
再び全員で、カウンターへと向かう。
「なあアリス。レクト教官は誰に伝言を伝えて欲しいんだ?」
「ええと、ミーシャさんという方です」
「女性か。ってことは、もしかしてレクト教官の恋人か?」
その可能性は……なくもない。
レクトは元探索者だ。協会関係者に親しい間柄がいても不自然ではないだろう。
アリスはカウンターに近づき、先程の受付嬢にまた声を掛けた。
「あの、伝言を預かっていまして。こちらの協会にミーシャさんという方はいらっしゃいますか?」
「ミーシャ
受付嬢が、様付けしたことにアリスは目を丸くした。
もしかすると、このミーシャという人物はただ者ではないのかもしれない。
「申し訳ございません。ミーシャ様との面会でしたら、事前にアポを取っていただかないといけない決まりでして……」
どうやらミーシャという人物は、協会でも重鎮のようだ。
後ろで聞き耳を立てていたレイたちが「ミーシャ様って、何者だよ……」と声を交わす。
そこでふとアリスは思い出す。
確かレクトは、自分の名前を出せば伝わる筈だと言っていた。
「あの……レクト教官に、頼まれた伝言なんですけれど……」
「レクト教官、ですか? うーん……聞き覚えはありませんが、一応伝えてみます」
そう言って受付嬢はカウンターの向こうにある階段を上り、二階へ向かった。
数分後、受付嬢が急いで階段を下りてくる。
「す、すぐに来るみたいです」
アリスたちは目を丸くする。
まさか、レクトの名前を出すだけでこうも簡単に対応が覆るとは。
「あの、皆さんはミーシャ様のことをご存知ですか?」
受付嬢が恐る恐るアリスたちに訊いた。
「いえ、知りませんが……」
「ミーシャ様は会長の孫にあたります。その、一応注意だけしていただけると幸いです」
会長の孫。
その言葉を聞いて、アリスたちは驚愕した。
探索者協会は、位置づけとしては数ある国家機関のひとつに過ぎないが、その名声は凄まじい。なにせ世界共通の花型職業である探索者を管理する組織だ。時代を牽引するほどの影響力がある。
当然、その会長も非常に有名だった。
理事長と違って会長は平民出身だが、数多くの功績がある上に中々の
その孫というのだから、生まれ持った権力はかなり大きいものである。
公爵家の次女であるアリスに、勝るとも劣らないだろう。
そんな人物に、伝言を残せるということは――。
「レ、レクト教官って……もしかして、凄い人?」
ハルが、小さな声で呟いた。
「そ、そんなわけないだろう」
「おや~? スメルク、自信なさげだねぇ~」
「うるさいぞシャッハ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるシャッハに、スメルクは目を逸らした。
「待たせたわね」
階段の上から、規則正しい足音と共に誰かがやって来る。
会長の孫。その肩書きの重さを理解したアリスたちは、緊張した面持ちでやって来た人物を見た。
「私がミーシャよ」
現れたのは、幼女だった。
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