第11話 無茶をするタイミング
「ハル――ッ!!」
シャッハが叫ぶ。
持ち上げられた岩が、完全に術者の制御から解き放たれた。
その質量は巨大だ。
このまま落下すれば、ハルは押し潰されて死ぬ。
「ちっ」
思わず舌打ちした俺は、すぐに体内元素を練り上げた。
「――《元素纏い》」
直後、俺は一瞬でハルの傍まで移動し、頭上から迫る岩を見据えた。
「きょ、教官!?」
驚くハルを無視して思考する。
単純に破壊するだけなら余裕で間に合う。しかしこの角度――打撃で壊せば、破片が生徒たちの方へ飛び散ってしまう。
――仕方ない。
あまり人前に出すつもりはなかったが、一瞬だけなら問題ないだろう。
全身に纏っている黒い元素を、右腕に集約する。やがて俺の右腕には、巨大な漆黒の剣が現れ――。
「――《
剣を振り抜き、岩を断ち切る。
一秒後、両断された岩が俺とハルの両脇に落下した。
生徒たちが悲鳴を上げ、砂塵が巻き起こる中、俺は大剣を霧散させる。
砂塵が風によって払われた後、生徒たちは信じられないものを見るような目で、俺たちを見ていた。
「あ、当たる前に、岩が割れた……?」
「すげぇ強運……」
「でも、もし割れてなかったら、洒落にならなかったぞ……」
生徒たちが口々に不安を吐露する。
まるで、こんなことが起きるとは思ってもいなかったかのように。
「元素を使った術式は、危険だ」
短く告げると、生徒たちが唇を引き結んだ。
張り詰めた沈黙の中、俺は続けて言う。
「高度な術式を覚えたい気持ちも分からなくはない。しかし、使いこなすことができなければ、実戦では勿論役に立たないし……最悪、周りにいる人たちを傷つけてしまうかもしれない」
落ち込む生徒たちに、俺は言う。
「ダンジョンの探索は命懸けだ。だから安易に無茶をするなとは言わないが……こんなところで無茶をして、命を失ってしまうのはあまりにも勿体ない。今後は全員、注意するように」
そこまで言ったところでチャイムが鳴った。
記念すべき一度目の授業にしては、少々トラブルが起きてしまったが、幸い負傷者はいない。
日直が起立と礼の挨拶をした後、俺は職員室へ戻った。
◇
レクトが職員室へ戻った後。
昼休みを迎えた生徒たちは、まだグラウンドで会話していた。
「ハル、大丈夫!?」
「う、うん。なんとか、助かったけど……」
駆けつけてきたシャッハに、ハルはまだ心ここにあらずといった様子で頷いた。
直後、シャッハが勢いよくハルに抱きつく。
「わぁあぁあぁぁぁぁん! ごめんね、ハルぅぅううぅうぅぅうぅ!! アタシが……アタシが調子に乗っちゃったせいでぇえぇええぇぇ!!」
「だ、大丈夫だよ、シャッハ。幸い怪我もなかったから」
思い切り飛びつかれたせいで、ハルの肋骨が悲鳴を上げていた。寧ろ今、怪我を負ったかもしれない。
そんな二人に、レイとスメルクが話ながら近づく。
「でも、レクト教官って意外と度胸あるよな。すぐにハルの傍まで駆けつけたし」
「度胸があっても実力が足りない。実際、駆けつけたはいいが何もできていなかっただろう。もし岩が割れていなかったら、ハルと教官、二人とも死んでいたかもしれないんだぞ」
「うーん……やっぱ実力がないのは不安だけど、性格はいい奴なのかもしれないぜ。最後の話にも説得力があったしな」
「口先だけだ。俺はまだ信用できない」
どうやら今回の一件で、レイは多少レクトのことを見直したらしい。一方、スメルクはまだレクトのことを認めていないようだった。
「ハルさん、念のため保健室へ行きましょう」
「う、うん。ありがとう、アリス」
いつの間にか傍までやって来ていたアリスの言葉に、ハルは頷く。
校舎の方へ歩き出したハルは、ちらりと後方を振り返り――。
「…………え?」
想定外の光景を目の当たりにして、ハルは思わず疑問の声を零した。
「どうかしましたか?」
「う、ううん。なんでもない」
湧き出た違和感を上手く表現できないため、ハルはつい誤魔化した。
その場を去る前に、もう一度だけハルは振り返る。
「い、岩って……こんな風に、割れるのかな……?」
グラウンドに横たわる大きな岩は、まるで鋭利な刃物で切断されたかのように、綺麗な断面をしていた。
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