第10話 黄金世代


 二属性の《元素纏い》を発動してみせたレイとスメルクは、得意気な笑みを浮かべる。


「へへっ」


「ふっ……流石に驚いたか?」


 二人の《元素纏い》は高度なものだった。

 しかし、申し訳ないが素直に褒められるものではない。


「……よし、もういいぞ。各自、《元素纏い》を解除してくれ」


 その場で生徒たちの実力を把握した俺は、皆に告げる。

 すると、目の前にいるレイとスメルクが目を丸くして驚いた。


「お、おい、スメルク。まさか、この教官……」


「……俺たちが何をしてみせたのか、理解できていないのか?」


 流石にその誤解は解いた方が良さそうだ。


「いや、理解はしている。教習所の生徒で、二属性の《元素纏い》ができるのは驚いた。しかし……何故、そんなことができてしまう・・・・・・のかは、理解していない」


 厳密には、理解できないわけではないが……少し理解に苦しむ。

 俺は今朝カリーナ所長に渡された、生徒たちの資料を見た。


**********************************


●レイ=スティルブ

【体内元素レベル】

 総合:12

  火:26

  水:10

  土:25

  風:10

  雷:7

  光:3

  闇:3



●スメルク=イーザン

【体内元素レベル】

 総合:11

  火:4

  水:30

  土:2

  風:30

  雷:5

  光:3

  闇:3


**********************************


 なんとなくいた予想はしていた。

 思わず、溜息を漏らす。


「体内元素レベルは、属性ごとにばらつきが生じることが多い。これはモンスターが基本的に一種類の元素しか持っていないからだ。例えば水属性のモンスターを倒せば、水属性の元素レベルが上がるだけで、他の属性のレベルは上がらない。これを繰り返すことで、得意な属性・・・・・苦手な属性・・・・・が生まれるようになる」


 ちなみに、モンスターだけでなくダンジョンにも属性の概念がある。

 まあ、その説明はしなくても、生徒たちは理解しているだろう。


「だからその気になれば、二つの属性を均等に伸ばすことも可能だが……やはり基本的には、ひとつの属性を集中的に伸ばした方が効率的だ。レイもスメルクも、意図的に二つの属性を伸ばしているみたいだが、何故そんなことをしている?」


 その問いに、レイは困惑しながらも答えた。


「だ、だって……高ランクの探索者は皆、最低でも二つ以上の属性で《元素纏い》を発動してるぜ? なら俺たちだって――」


「二人はまだ、探索者じゃないだろ」


 それは言葉の綾というわけではなく、実際の身分としての意味でもある。

 教習所の通う生徒たちは「探索者見習い」と呼ばれている。決して探索者ではない。


「確かに、複数の属性を使いこなせば強力な術式も習得できる。しかしそれは高度な技術だ。……今は、ひとつでもいいから確実な強さを手に入れる段階だと俺は思う。ここで色んなものに手を出してしまうと、器用貧乏になってしまうぞ」


 そう説明すると、先程まで黙っていたスメルクが俺を睨んだ。


「では、教官は何ができるんですか? そのやり方で、俺たちよりも高度な術式が使えると?」


「それは無理だ」


 首を横に振って言う。


「俺は元素流しだが……使える術式は、《元素纏い》のみだ」


「……は?」


「体内元素が特殊でな。後天的にそういう体質になってしまったんだが……まあ、そんなわけだから、申し訳ないが俺の手で高度な術式を披露することはできない」


 それを期待していたなら、素直に謝罪しよう。

 そう思って軽く頭を下げると、生徒たちは明らかに俺を見下していた。


「おいおい……《元素纏い》って基礎中の基礎だぜ。そんなもん誰でも使えるっての」


「他の術式が一切使えないって、ヤバいよね? 私たちだって平均三つは使えるし……」


「んだよ、やっぱり口先だけで、実力は大したことねぇじゃん」


 使える術式の数が強さに直結するわけではないが、こればかりは俺の弱みだ。

 探索者なら普通、最低でも五つの術式は使用できる。これに関しては俺の方が珍しいため、生徒たちが動揺するのも無理はない。


「次は、元素使いの生徒たちだ。なんでもいいから術式を披露してくれ」


 取り敢えず話を先へ進める。

 元素流しには、レイとスメルクがいた。対し、元素使いにはアリス、シャッハ、ハルなどがいる。自己紹介の時に気になったのはこの五人だった。


 各自、生徒たちは好きな術式を使用する。

 炎の槍を放つ《ファイアランス》や、水の塊を撃ち出す《ウォーターボール》など、どれも見慣れた術式ではあるが、練度が高い。


「……黄金世代か」


 思わず、呟く。

 できのいい生徒ばかりだな、と思っていると……術式の発動に手間取っている生徒を見つけた。

 アリスだ。


「アリスは元素の操作が苦手なのか?」


「は、はい。……そうなんです」


 落ち込んだ様子でアリスは首肯した。

 どうにか術式を発動しようとするアリスを、俺は注視する。


 ――何か、変な感じだな。


 高位の探索者になれば、相手の体内元素の動きを読み取ることができる。

 その技術を活用してアリスの元素を覗いてみると……不思議な感じがした。うまく形容できない。初めて見た感覚だ。


「うおおぉおおぉおおぉおおおおぉお――ッッ!」


 その時、背後から威勢の良い叫び声が聞こえる。

 振り返れば、シャッハが裂帛の気合を込めて術式を発動していた。


「唸れ、アタシの元素ぉぉおぉおおぉお――ッ!!」


 シャッハの目の前にある地面が、ゆっくりと浮かび上がる。

 その巨大な土塊は、元素の力で頑強にコーティングされた岩と化した。


「なんてパワフルな……」


 大岩がみるみる持ち上がっていく光景を目の当たりにした俺は、手元の資料に目を通した。


**********************************


●シャッハ=フォワード

【属性レベル】

 総合:12

  火:19

  水:5

  土:41

  風:6

  雷:7

  光:3

  闇:3


**********************************


 シャッハは土の元素レベルが高いようだ。

 出力だけなら、既に探索者として十分活躍できるほどである。


「教官! 見てこれ! 凄いでしょ、アタシ!?」


「ああ、凄い。しかし危険でもあるから、すぐに下ろしてくれ」


「えー!! 折角、持ち上げたのに~!!」


 目立ちたがり屋な性格だ。

 しかしその反面、後先を見ない性格でもあるかもしれない。


「くそ、俺らもシャッハに負けてられねぇぞ!」


「目に物みせてやれ――!」


 他の生徒たちがシャッハに対抗意識を燃やす。

 その時、遠くにいる男子生徒が、風属性の元素を掌に集めているのを見て――俺は叫んだ。


「――よせッ!!」


 すぐに叫んだが、少し遅かった。

 男子生徒の掌に収束した元素が暴発する。高度な術式を試したかったのだろうが、元素の制御に失敗してしまった。


 風が爆発し、辺りに爆風が放たれた。

 生徒たちが悲鳴を上げる中、シャッハも風に押されて尻餅をつく。


「きゃっ!?」


 一瞬、シャッハの意識が乱れたことで、彼女が発動していた術式の制御も乱れた。

 持ち上げられていた大きな岩が、ゆっくりと落下する。


「ぇ――?」


 岩の真下にいた少女ハルが、小さく驚きの声を漏らした。


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