第7話 自己紹介
「教室は……ここか」
一組と書かれたボードを見て立ち止まる。
多少の緊張を感じていた。しかしそれ以上に不思議な気分だった。まさか俺が教官になるとは……ここの生徒だった頃は、想像もしていなかった。
扉を開き、教室の中に入る。
賑わっていた教室が静まり返り、生徒たちは一斉にこちらへ注目した。
すぐにコソコソと小さな声が聞こえる。「あれが新しい先生か」「思ったより普通だな」「顔に覇気がない」「大したことなさそうだ」「身体は鍛えられているように見えるな」「でも顔に覇気がない」――などといった話し声が延々と聞こえた。
数秒後、HRの時間を報せるチャイムが鳴り響いた。
生徒たちはすぐに自分の席へ座り、
「起立、礼!」
前の方に座っていた女子生徒が告げ、生徒たちが頭を下げる。
そう言えば日直なんてシステムあったなぁ……と過去を懐かしみながら、俺は教卓の前に立った。
「今日からこのクラスを担当する、レクトだ。よろしく頼む」
三十人ほどいる生徒たちの前で、俺は挨拶を済ました。
唇を引き結んでこちらを見つめる生徒たちの顔は、若い。所長に渡された資料によると、このクラスの生徒たちの年齢は十二歳から十八歳とのことである。見れば確かに、無邪気で子供らしい生徒もいれば、落ち着いた佇まいの生徒もいた。
教習所に通う生徒たちは、基本的に若い。
探索者の仕事は肉体労働と言っても過言ではないだろう。そのため、老いを感じる歳になってから探索者を目指すことは極めて稀であり、大抵は身体能力がピークを迎える若いうちに成果を上げようとする。
若いうちに成果を上げるためには、それよりもっと若いうちに訓練を積まねばならない。
そのため、教習所の生徒たちの平均年齢は十代半ばとなっていた。
「俺自身、以前はこの教習所に通い、卒業後は探索者として暫く活動していた。今は引退して、これからは教官の仕事に専念するつもりだ。……質問があったら何でも言ってくれ」
軽く自己紹介をすると、早速、男子生徒が挙手をする。
「担当の科目は何ですか?」
「実技全般だ。元素学からダンジョンの探索テクニックまで、実践的な技術を教える……ことになっている」
実を言えば、ミーシャにこの仕事を紹介してもらってからまだ日が浅いため、具体的な仕事内容はあまり理解していない。臨機応変にやればいいと思うが……いずれにせよ、生徒たちがどの程度の実力を持っているかによるだろう。
「探索者の活動歴はどのくらいなんですか?」
「約五年だな」
「現役時代はどのようなスタイルで探索をしていたんですか?」
「基本的にはソロだったから、特定のスタイルに特化したことはない。後半は仲間と探索することも多かったが……」
昔のことを思い出しながら生徒たちの顔色を見る。
感心しているわけでも驚いているわけでもない。生徒たちは俺を試すような目で見ていた。
「皆にも自己紹介をしてもらっていいか? 名前と、年齢……それと、探索者になって何をしたいのか教えてくれ」
俺がそう言うと、前の席に座る生徒から順に自己紹介が始まった。
「レイ=スティルブ、十五歳です! 探索者になって、とにかく色んなダンジョンを探索してみたいです!」
赤髪の男子生徒が、明るくて元気で声音で言う。
この上なくふわっとした展望だが、馬鹿にはできない。大抵、探索者志望の子供なんてこんなものだ。
「スメルク=イーザンです。歳は十六。迷宮学に興味がありますので、現地でも調査ができるように、探索者の資格を手に入れたいと思っています」
灰髪をきっちり整えた、真面目そうな少年が言う。レイとは打って変わって、こちらは具体的なビジョンを持っている男子だった。
迷宮学とはダンジョンを研究する学問だ。現在、その権威と呼ばれる者たちは頭でっかちなところがあり、ダンジョンを研究しているくせに一度もダンジョンに入ったことがないという、馬鹿みたいな現象が起きつつあるが、この少年ならその心配もなさそうで安心した。
「ハ、ハル=ソプリア、十五歳です。その……モンスターに興味があって、探索者を目指しています」
紫色の髪をした女子生徒が小さな声で言う。
前髪が長いせいで目元が隠れており、見るからに引っ込み思案な少女だ。しかし目的ははっきりとしている。少々、珍しいが。
「シャッハ=フォワード! ピッチピチの十五歳です! 探索者になったら、いっぱいお金を稼いで家族の負担を減らしたいです!」
明るいオレンジ色の髪をポニーテールに纏めた、活発そうな少女が告げた。
クラスで一番元気な性格みたいだが、探索者を志す理由は真剣なものだ。
次の生徒が自己紹介を始める。
シャッハが着席すると同時に、立ち上がった金髪碧眼の少女を見て……俺は目を丸くした。
見間違いではない。
あの少女は……丁度この前、俺が『渦巻く深淵』で救助した生徒だ。
「アリス=フィリハレートです。今年で十四歳になります。探索者を志す理由は、自立するためです」
フィリハレート公爵家の娘。由緒正しき門閥貴族のご令嬢だ。
その少女は今、右腕に包帯を巻いていた。
「その怪我は……」
「あ、ええと……た、大したことではありませんので、大丈夫です! 明日には完治すると、お医者様にも言われました」
どうやらダンジョンで受けた傷がまだ完治していなかったらしい。
しかし見たところ、もう殆ど治療は終えている。本人の言う通り明日には包帯も取れるだろう。
「教官。こいつこの前、無謀にも一人でダンジョンに潜ったんだぜ」
「うっ」
クラスメイトの男子が俺に告げ口をすると、アリスは気まずそうな顔をしながら、周りにいる生徒たちに深々と頭を下げる。
「そ……その節は大変ご心配をおかけしました! ですが、大丈夫です! かの有名なパーティ……『蒼剣練武』の方々に助けていただきましたのでっ!!」
お辞儀した後、アリスは胸を張って告げた。
その発言に、生徒たちは「おぉ~」と羨望の声をあげる。
「いいなー!」
「ちょっと自慢気じゃねーか!」
「弱いんだから気をつけろよ~!」
クラスメイトたちの声に、アリスは「えへへ」と笑いながら着席した。
どうやらアリスは、教習所の中でも人望が厚いタイプのようだ。
しかし……アリスの救助は『蒼剣練武』がしたことになっているのか。
俺は既に協会にとっては部外者だ。その部外者に救助隊の尻拭いをされたという評判が広まっては、協会としては溜まったものではない。……恐らく、理事長あたりが情報操作したのだろう。生真面目なミーシャが考える手ではない。
その後も自己紹介は暫く続き……最後の一人が着席すると、丁度いいタイミングでチャイムが鳴った。
「今日のHRは終了だ。確か一組の、午前の予定は……」
「地理学の授業ですよ、教官っ!」
シャッハが明るい笑みを浮かべながら教えてくれる。
「ああ、そうだった。移動教室の授業だったな。……じゃあ、行ってこい」
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