第6話 教習所へ


 ダンジョン『渦巻く深淵』に潜った数日後。


「……久々だな」


 目の前に鎮座する大きな建物を見て、俺は呟く。


 ――ダンジョン教習所。


 ダンジョン探索の技術を教えるための学び舎であり、今、現役の探索者は大体ここを卒業している。俺もその一人だ。


 懐かしい気分に浸りながら、教習所の中に入る。

 本校舎の最上階、その突き当たりにある所長室のドアを開いた。


「やあ、待っていたよレクト」


 濃い青色の髪をした女性が、机に両肘をついたままこちらを確認して微笑む。


「お久しぶりです、カリーナ教官」


「今は所長だ」


 では今後はカリーナ所長と呼ばせてもらうことにしよう。

 カリーナ所長は俺が教習所の生徒だった頃、担任だった教官だ。誰もが振り向くほどの美貌に、どこかミステリアスな雰囲気が特徴的な女性で、以前は多くの男子生徒から人気があった。あの頃と比べても殆ど容姿が変わっていないため、きっと今も健全な男子生徒にとっては目に毒な振る舞いをしているのだろう。


 しかし、彼女が優れているのは容姿だけではない。その実力はまさに探索者としても一線級であり、更に教官として人にものを教えることも上手だった。


 所長に出世したのも納得できる。


「卒業後も何度か顔を合わせてはいたが……この教習所で再会すると、中々感慨深いものがあるな。まさか、あの落ちこぼれ・・・・・のレクトが、ここまで立派な探索者になるとは」


「……所長に教育してもらったお陰ですよ」


「ふん、よく言う。ろくに授業も聞かなかったくせに」


 ほんの少しだけ拗ねた様子で、カリーナ所長は呟いた。


「さて、レクト。幾つか話しておきたいことがある」


 そう言って所長は、指先を部屋のドアに向けた。

 ドアノブに光の粒子が集まる。すると、ドアが独りでに閉まった。


「相変わらず、元素・・の使い方が繊細ですね」


「まあ、私はこのくらいしか取り柄がないからね。君とは正反対だな」


 そう言って、所長は徐に机の引き出しから一冊の新聞紙を取り出した。


「この部屋は防音だから、話が漏れることはない。……先日の号外新聞を見て、私は目が飛び出るほど驚いたよ。『迷宮殺し、引退』……目立つ見出しだった」


 所長の口から、他言無用の話題が出た。

 だから俺をこの部屋に招いた上で、ドアも閉めたのだろう。


「ミーシャから軽く話は聞いているが、君は正体を隠したいんだな・・・・・・・・・・?」


 その問いに、俺は頷く。

 所長は俺が生徒だった頃の担当教官だ。当然、俺の正体を知っている。


「はい。その新聞に書いてある通り、迷宮殺しは引退しました。時代が移ろう中、ダンジョンを壊すことしか能がない旧態依然の人間は、できるだけ早く表舞台から消えるべきでしょう」


 ミーシャにも話した通り、俺は自分の活動に限界を感じていた。

 モンスターによる被害は世界各地で相次いで発生している。それをダンジョンの破壊だけで解決するのは不可能だ。


 俺のような、ダンジョン破壊の専門家はもう不要の時代である。


「今後はいち教官として、未来を切り拓く若者たちを応援するつもりです」


「君もまだ若い方だと思うがね」


 ミーシャと同じようなことを言われる。


「迷宮殺しのネームバリューがあれば、教習所は大盛況になりそうだが……仕方ない。所長としては残念だが、君のことを良く知る私個人としては、その判断を尊重しよう。私も協力する」


「ありがとうございます」


 礼をすると、所長は微笑を浮かべる。


「レクト、これを持っておけ」


 そう言って所長は机の上に置いていた書類を俺に手渡す。


「これは?」


「君が担当する生徒たちの元素レベルを記した書類だ。部外秘だから扱いには気をつけたまえ」


 説明を受けた俺は、適当に内容を確認する。


「……人数が多いですね」


「何かと不安定だった以前と違い、今は探索者という職業もそれなりに安定しているからな。おかげで生徒数も急増しているんだ」


 生徒が増えたから、教官の追加募集も行われた。

 俺としてはそれが飯の種になったため、僥倖である。


「他にも気づいたことはないか?」


 所長の問いに、俺は改めて書面を読み進めながら答えた。


「全体的に、レベルが高い気がします」


「そうだ」


 所長が首肯する。


「昨今、ダンジョンの探索が気軽に行えるようになったことで、探索者を志望する子供たちの実力も底上げされてきた。……俗に言う、黄金世代の到来かもしれない」


 所長は続ける。


「だがそのせいで、少々天狗になっている生徒もいる。……君には、そういう生徒の鼻をへし折る役目を負ってもらいたい」


 その要求に、俺は少し考えてから答えた。


「あの……俺、そういうのは得意じゃないんですけど」


「知っているさ。しかし、だからこそ適任だ」


 所長は笑みを浮かべて言う。

 どういう意味だろうか?


「大っぴらに生徒を虐めるわけにもいかんだろう? ポイントはさり気なさ・・・・・だ。……君は、普段は覇気がないくせに、いざという時はとんでもないことをしでかす男だからな。……普通に振る舞いたまえ。それが生徒たちにとっては、苦い薬になる筈だ」


「はぁ」


 褒められているのか貶されているのか微妙なところだった。


「さあ、そろそろHRの時間だ。教室へ行ってこい」


「……失礼します」


 なんだか複雑な気持ちのまま、俺は部屋を後にした。





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