第5話 提案


「救助対象に、『蒼剣練武』のリーダーだな。……なんとか間に合ったか」


 微かに安堵するその男を、メディは朦朧とした意識で眺めていた。

 この男は何処からやって来たのか。訳が分からないまま、メディは天井を仰ぎ見て――呼吸を忘れるほど驚愕した。


(天井に、穴が空いている……)


 丁度、真上の位置だ。

 どう考えても自然にできた穴ではない。


(まさか……床に穴を開けて、下の層へ……? ば、馬鹿な……そんな破天荒なショートカット……できるものなのか?)


 障害物を跳び越えたり、モンスターの密集地を迂回することとは訳が違う。

 地形そのものを破壊するショートカットなど、人外の力でなければ成し遂げられない。


「ミノタウロスか。……このダンジョンで見るのは初めてだが、まあいい」


 男はのんびりとした様子でミノタウロスと対峙した。

 だがその男は、武器も防具も身につけていない。


(よせ……ミノタウロスは強敵だ。慎重にならねば、私の二の舞に……)


 声を発することができれば良かったが、既にメディの意識は途絶える寸前だった。


「ブモォオォオォォオオォォォ――ッッ!!!」


 ミノタウロスが雄叫びを上げた。

 戦いを中断されたことが気にくわなかったのか、先程より興奮している。


 巨大な斧が斜め上方から振り下ろされた。

 直撃すれば一溜まりも無い。メディは反射的に瞼を閉じてしまいそうになったが――。


「――よっと」


 気の抜けた声と共に、男が軽く腕を払う。

 瞬間、ミノタウロスの斧が跡形もなく砕け散った。


(……は?)


 信じられない光景を目の当たりにして、メディの思考は真っ白に染まる。

 今、この男は何をした?


「悪いが、急いでいる」


 男がそう呟いた直後、その周囲に禍々しい波動が広がる。


 大気が軋んだ。男を中心に空間が歪む。陽炎の如く周囲の景色をねじ曲げる、その黒々とした力は、メディが今までに見たことがないものだった。


「――《元素纏い》」


 黒い波動が男の全身を覆う。

 尋常ではない力だ。

 ただ、そこにいるだけで――世界が壊れてしまうかのような圧力を感じる。


 そして、男が拳を握り締めた、次の瞬間。

 目の前にいたミノタウロスの巨体が弾けて消えた。


 何が起きたのか理解できない。

 恐らく、男がミノタウロスを殴ったのだろうが……全く見えなかった・・・・・・・・


(……夢、なのだろうか…………?)


 瞼がゆっくりと閉じる中、メディは思う。

 これでも自分は『蒼剣練武』のリーダーとして、豊富な経験を持つ探索者だ。活動歴も長く、このダンジョン『渦巻く深淵』についてもそれなりに知識がある。


 だから、知っている。

 こんな簡単に、ミノタウロスを瞬殺できる探索者など存在しない。


 いや――ただ一人だけ、心当たりはある。

 しかしまさか、あの英雄がこんなところにいる筈もないだろう。


 間違いなくこれは夢だが……もし、夢でないとしたら。

 せめて、救助対象である少女だけは、どうにか助けてやって欲しい。

 そう思い……メディの意識は途絶えた。




 ◆




 数分後。


「戻ったぞ」


 救助対象である金髪の少女と、『蒼剣練武』のリーダーと思しき青髪の女性を担いだ俺は、地上に戻ってミーシャと合流した。 


「お疲れ様、レクト。二人の様子は?」


「どちらも今から治療すれば問題ない。念のため応急処置はしておいた」


「相変わらず手際がいいわね。後は協会の者で引き継ぐわ」


「ああ」


 一瞬、協会の中まで二人を運ぼうとしたが……すんでのところで立ち止まる。

 俺はもう探索者の資格を失っている。協会に足を踏み入れることはできない。

 担いでいた二人を、傍にいた協会の職員に引き渡した。


「それにしても、強敵でもいたの? さっき辺り一帯で地響きがしたんだけど」


「ん? ああ……悪い。想定外のモンスターが出たから、少し強めに攻撃したんだ」


「少し強めって……普通、ダンジョン内の衝撃が外に漏れることはないんだけど。……一応気をつけてちょうだいね。レクトが本気出したら、冗談抜きで大陸が割れちゃうかもしれないんだから」


「流石にそんなことはないだろ」


 と答えたものの、S級ダンジョンと大陸、どちらの方が簡単に破壊できるかを考えたら、大陸の方が簡単な気がした。藪蛇になるので言わないが。


「馬鹿貴族と一緒にしないでちょうだい。こっちは貴方の実力くらい、ちゃんと認識しているつもりよ。……ていうか貴方、実際に一度大陸を割ってるじゃない」


「……あれは事故なんだ」


 幸い人が住めない・・・・・・大陸であったため、巻き込まれた者はいないが、少し派手な結果になってしまった。


 S級ダンジョンは、それ自体が世界を滅ぼし得る爆弾だ。中に潜むモンスターも、単独で国家を滅ぼせるような個体ばかりである。だから俺も周りを気遣う余裕なんてなかった。


 話題を変えよう……あの件はダンジョンが勝手に暴走したとか、そういうことになっていた筈だ。こんな会話、人に聞かれでもしたら洒落にならない。


「『蒼剣練武』は他にもメンバーがいた筈だが、その人たちも救助しておくか?」


「いいえ、あの三人なら問題ないわ。先程、交戦が終了したと通信が届いたの。……リーダーが地上に戻ってきたわけだし、帰還するように伝えておくわ」


 そう言ってミーシャは傍にいた部下へ目配せする。

 部下は無言で頷き、協会の中へ入った。


「レクト。さっきの話の続きなんだけど……」


 ミーシャが言う。

 そう言えば、救助前にした話は中断したままだ。


「やっぱり、貴方の力を使わないのは勿体ないと思うの。探索者を引退しても、その力の使い道は沢山ある筈だわ」


 そう告げたミーシャは、どこか楽しそうな笑みを浮かべて続ける。


「というわけで、提案なんだけど……ダンジョン教習所の教官になってみない?」




 ◇




 レクトがダンジョンに潜り、救助を行っていた時。

 豪奢な内装の部屋で、二人の男が密会をしていた。


「――失敗しました」


 男が小さな声で呟く。


「後少しで娘を殺せる筈でしたが……直前で邪魔が入ったようです。モンスターに埋め込んでいた《アンテナ》を潰されました」


「適当に作るからだ」


「いえ、あれは簡単に壊れる代物ではありません。感触からして、かなり高位の探索者にやられたようです。最低でもA級……もしかすると、S級の探索者かもしれませんね」


 その言葉を聞いて、対面に座る男が眉を潜める。


「『渦巻く深淵』はD級のダンジョンだぞ。そんなところにA級やS級の探索者が来る筈ないだろう」


「私もそう思いますが……いずれにせよ、次の策を練る必要がありそうです」


「ちっ、面倒だな」


 舌打ちして、男は続けた。


「高い金を払って貴様を雇ったんだ。成果を出さねば承知せんぞ」


「勿論です。……次こそは必ず仕留めますよ、公爵殿・・・


 公爵と呼ばれたその男は、ニヤリと笑った。






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