第3話 救難信号

 焦った様子を見せる協会の受付嬢に対し、ミーシャは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「エマ、落ち着いて。救難信号なんてそう珍しくないわ。……まず、それはどこのダンジョンでの話?」


「でぃ、D級ダンジョン、『渦巻く深淵』です」


「そう……幸い、ここから近いわね」


 ここから馬車一本で簡単に行ける場所にあるダンジョンだ。

 俺も教習所の生徒だった頃に何度か探索したことがある。


「救助隊は既に派遣したの?」


「は、はい。協会にいた探索者たちに、緊急の救助依頼を要請いたしました。ただ、救助隊が出た後、救難信号の内容が変化しまして……どうやら重傷を負ったようです。このままでは救助が間に合わないかもしれません」


 成る程、状況が読めた。

 ダンジョンに潜った探索者たちは、自力での生還が困難だと判断した時、協会に救難信号を出すことができる。信号を受けた協会は、すぐに救助隊をダンジョンに向かわせる。


 それ自体は珍しくも何ともない。しかし今回の場合、どうやら救難信号を出した探索者の状況が、想像以上に早く悪化してしまったらしい。


「救助には誰が向かっている?」


 話を聞いていた俺は、受付嬢に訊いた。


「え、ええと……? 失礼ですが貴方は……?」


「エマ、説明してあげて」


 部外者に情報を漏らしてもいいのだろうかと困惑した受付嬢へ、ミーシャは告げる。

 受付嬢は目を丸くしたが、すぐに頷いた。


「救助に向かったのは、B級パーティの『蒼剣練武』です。このパーティは、安定した探索には定評がありますが……救助対象が重傷を負ってしまったことを考えると、速度に不安があります」


 B級パーティ『蒼剣練武』。その名は探索者たちの間でも有名だ。

 特にリーダーである青髪の女性メディは、この国でも上位三十人に食い込むA級の探索者である。『渦巻く深淵』を探索する実力は十分あるだろう。但し、今回の目的は探索ではなく救助だ。重傷者を治療するための時間を考慮すると、あのパーティでは間に合わないかもしれない。


「信号が出ている場所を教えてもらってもいいか?」


「は、はい。こちらが地図になります」


 ミーシャの部下なだけあって用意がいい。

 地図を見た俺は、すぐに目的地まで辿り着くためのルートを想像した。


「六層か。……教習所の生徒にしては、深いところまで潜ったな」


 しかし、その程度の階層なら何とかなりそうだ。

 軽く身体を解して、俺はミーシャの方を見る。


「ミーシャ、俺が出る」


 俺の言葉を聞いて、ミーシャは一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが、すぐに神妙な面持ちとなった。


「それは、助かるけれど……いいの? 協会から追放された以上、貴方はもう探索者ではない。報酬は払えないわよ?」


「別にいい。今まで馬車馬の如く活動してきたおかげで、金なら山ほどあるからな」


 協会から追放されたということは、協会の仕事も一切受けられないということだ。

 つまり俺は救助依頼を受注してダンジョンに向かうのではなく、ボランティアとしてダンジョンに向かうことになる。


 ダンジョンの探索は命懸けだ。それをボランティアでするのはあまりにも馬鹿馬鹿しいが……こちらも伊達に迷宮殺しと呼ばれているわけではない。D級ダンジョンなら、命を賭ける必要もないだろう。


「じゃあ、行ってくる」


 ここから『渦巻く深淵』まで、馬車で凡そ二十分ほどだが――多分、本気で走れば二十秒・・・くらいで着くだろう。


 次の瞬間、俺は強く地面を踏み抜いた。




 ◇




「ひゃ――っ!?」


 突如、爆風が巻き起こり、エマは悲鳴を上げた。

 持ち上がるスカートを慌てて抑える。目にゴミが入ったのか、エマは目尻に涙を浮かべながら前を見た。


 いつの間にか、目の前からレクトの姿が消えている。


「行ったわね。……あーあ、まだ話の途中だったのに」


 溜息混じりにミーシャは呟く。

 その様子に、エマは恐る恐る挙手をした。


「あ、あの、ミーシャ様」


「なに?」


「先程の方は、何者なんですか……?」


 そんなエマの問いに、ミーシャは少し考えてから答えた。


「最強の、探索者よ」


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