第2話 ミーシャ
追い出されるように城を出た俺は、のんびりと町を歩いていた。
「さーて……どうするかな」
あっさりと探索者の資格を剥奪されてしまったが、思ったよりも動揺はない。
俺は探索者という肩書きに、そこまで興味がなかったのかもしれなかった。
「正直、最近は惰性で探索者をやっていたところがあるしな……これもいい機会か」
長期休暇でのんびりと癒やされたい。そう思ったのも一度や二度ではない。
そう考えると今の境遇も悪くないような気がした。
「レクト!」
ふと、誰かが俺に声を掛ける。
振り返ると、そこには見慣れた少女の姿があった。
「ミーシャか、久しぶりだな」
「ええ。貴方が探索に出て以来だから……一ヶ月ぶりね」
ミーシャ=マクレインは、癖のある赤髪が特徴的な少女だった。
まだ十二歳だが、
将来は美人になること間違いなしの整った目鼻立ちに、強い意思を感じさせる瞳。身分も一応、俺と同じ平民だが、その身だしなみは貴族のように清潔感があった。
そんな彼女は、俺の正体を知る数少ない人間の一人である。
だから俺の、迷宮殺しとしての活動も知っている。
「そんなことより! ちょっとこっち来て!」
挨拶なんてどうでもいいと言わんばかりに、ミーシャが俺の手を引いた。
ミーシャは路地裏を通り、人気のない場所に辿り着いたところで立ち止まる。
「どういうことなの!! さっき協会に、貴方の籍を抹消するようにと指示があったんだけど!?」
ミーシャは怒り心頭といった様子で叫んだ。
「俺も少し前にその話を聞いたんだ。なんでも、これからの時代に俺のような探索者は不要らしい」
「な……っ!? ふ、ふざけないでよ! お爺ちゃ……会長に話も通さずに、そんなことを決めたっていうの!?」
興奮のあまり真っ赤に染まった顔で、ミーシャは怒鳴った。
ミーシャは、探索者協会の会長……の孫である。その立場ゆえに協会の仕事や、探索者の立場などに人一倍詳しい。俺が協会を追放されたことはまだ公にされていない筈だが、会長の孫であるミーシャはいち早くその事実を知ることができたのだろう。
「まあ、仕方ないだろう。協会って一応この国の組織なんだし」
「だからと言って、現場の意思を無視する理由にはならないわ! あんのアホ理事長めぇ……! 私たちに何も伝えず、勝手に話を進めて……っ!」
探索者協会は国家機関だが、職員の全てが貴族というわけではない。
運営方針を決める理事長のみがこの国の貴族であり、それ以外の職員は全て民間人が担っている。その民間人の中で一番偉いのが会長だ。
会長の権限は大きいが、それでも理事長には敵わない。
どうやら今回は、理事長が、会長やミーシャに無断で俺の追放を承諾したらしい。
「レクト! 貴方はこのままでいいの!?」
強い意志を灯した瞳でミーシャは問う。
「レクトは今までも散々、貴族たちに利用されてきたじゃない!? 仮面をつけて正体を隠していたのも、貴族たちの命令でしょ!?」
「まあ、そうだが……」
「あの仮面はね、いざという時にこうやって切り捨てるために、レクトにつけさせたのよ。……迷宮殺しのトレードマークは、顔を覆う仮面と、漆黒の大剣。逆に言えば、この二つがあれば誰でも
「……だろうな」
仮面の意図については薄々感づいていた。
俺がまだ無名だった頃、協会の理事長が俺に仮面を渡して「今後探索者として活動する際は、必ず仮面を着用するように」と指示してきたのだ。その意図はミーシャが説明した通りだろう。
「元々、俺の味方をしてくれる貴族は少なかったからな。いつかこうなる予感はしていた。……例外は王女様くらいか」
「……あの女だけは、今もレクトの味方よね」
「ああ。何故かミーシャとは仲が悪かったが」
「だって、あいつ……腹黒いし」
そんなことはないと思うが……。
迷宮殺しとして活動するうちに、この国の貴族たちともそれなりの関わりができた。彼らにとって探索者は、モンスターを狩る便利屋のような存在らしいが、王女様だけは俺たちの活動に心の底から感心していた。そのため彼女は、俺が唯一頼りにできる貴族である。
そんなことを考えているからか。
目の前にいるミーシャは、どこかむっとした様子で口を開いた。
「レクト。今のうちに言っておくけど、今後困ったことがあったら、王女様ではなく私を頼るのよ? ……あの女に弱みを見せたら、貴方、監禁されちゃうわ」
「監禁って、また大袈裟な」
「全然、大袈裟じゃないんだけど……」
ミーシャは額に手をやって呟いた。
探索者として、もう五年以上も協会には世話になっている。ミーシャとも同じくらいの長い付き合いだ。色々と心配してくれているのだろう。
五年前の……七歳だった頃のミーシャはもっとお淑やかだった筈だ。
それがいつの間にか、王女様を「あいつ」呼ばわりするようになってしまった。俺はこれ喜ぶべきなのだろうか、それとも悲しむべきなのだろうか。そんな下らない思考が過ぎった。
「心配してくれるのはありがたいが、実を言うとそこまで困っているわけじゃないんだ。協会から追放といっても、あくまでこの国に限った話だし……他の国に行けば、また探索者として活動できる」
これ以上心配させないために、俺は説明したつもりだったが――。
「ぇ……ほ、他の国に、行っちゃうの……?」
急にミーシャは、年相応のあどけない様子で瞳を潤ませた。
「……いや、今のは例え話だ」
「そ、そうよね! よかっ――こほん、まあ今はその方が堅実だと思うわ!」
どこか安心した様子のミーシャは、頬を赤らめて言った。
「正確には、他の国に行くのも少しは考えたんだが……俺はずっとこの国で育ってきたからな。貴族たちには腹が立つこともあったが、世話になった人もいる。どうせならその人たちのためになるような……恩返しをしたい」
「恩返しねぇ……私なら馬鹿貴族たちに腹を立てて、やりたい放題するけど。……レクトはもう、ダンジョンを探索したくないの?」
「最近は活動する度に目立って息苦しかったからな。そこまでの執着はない」
そんな俺の発言は意外だったのか、ミーシャは目を丸くした。
驚く彼女に、俺は続けて本心を語る。
「それに以前から、ダンジョンを片っ端から破壊してもキリがないとは思っていた。ダンジョンとの共存共栄が成功するかどうかはともかく、少なくともこのままじゃ駄目だという考えには同意できる。貴族たちにも何か考えがあるのかもしれないし……いずれにせよ、新しい時代が到来したということだろう」
時代は変わる。
それを認めずに、過去の栄光に縋り続けるような真似はしたくない。
「
そう告げると、ミーシャは小さく溜息を吐いた。
「若い世代って……レクトも十分若いじゃない。まだ二十歳でしょ」
「まあな」
これでも幼い頃から場数は踏んでいる。しかしそれを言うなら目の前の少女も同じだろう。ミーシャは僅か十二歳で、既に協会の運営の一部を任されている。
「まあ、いいわ。貴方が引退を受け入れるのであれば私も止めないけど……」
溜息混じりに言ったミーシャは、ふと何かを思い出したかのように考え込む。
「……ねえ、レクト。ちょっと提案があるんだけど」
「提案?」
「ダンジョン教習所ってあるでしょ?」
「ああ。俺も最初は世話になったところだな」
文字通り、ダンジョンを探索する方法を教えるための教育機関だ。
基本的に探索者という資格は、この教習所を卒業しなければ手に入らない。
「実は最近、教習所の生徒が増えているのよ。それで教習所は今、新しい教官の募集もしているの。そこで、レクトさえよければ――」
「――ミーシャ様!」
遠くから大きな声が聞こえて、ミーシャは話を止めた。
やって来たのは二十代と思しき女性。その服装は協会の受付嬢が身につけるものだった。
「どうしたの、エマ?」
「大変です! 教習所の生徒が、ダンジョンで救難信号を出しています!!」
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