【WEB版】迷宮殺しの後日譚 ~正体を明かせぬままギルドを追放された最強の探索者、引退してダンジョン教習所の教官になったら生徒たちから崇拝される~

サケ/坂石遊作

第1章『迷宮殺しと、黄金世代の生徒たち』

第1話 剥奪

 ダンジョン。

 それはモンスターの巣だ。


 かつてこの世界では、モンスターと呼ばれる異形の化物が無数に跋扈していた。

 モンスターたちは、ダンジョンと呼ばれる場所で発生する。モンスターはダンジョンで生まれ、育ち、そして時が来れば外界に出て人々を襲い始めるのだ。


 人類はモンスターに対抗するべく、その巣であるダンジョンの破壊を試みてきた。

 ダンジョンを攻略する者たち――探索者は、いわば人類にとって英雄に等しく、彼らの活躍によってモンスターの脅威は徐々に縮小していった。


 中でも、迷宮殺しダンジョン・スレイヤーと呼ばれる探索者の活躍は桁違いだった。


 その名の通り、迷宮殺しは幾つものダンジョンを破壊してきた。

 まだ年若いというのに、その戦いぶりは鬼神の如く熾烈であり、漆黒の大剣で迫り来るモンスターたちを一網打尽にする姿は、探索者たちにとって憧れそのものだったと言われている。


 しかし、幾つものダンジョンが破壊され、モンスターの脅威が薄れた近年。

 ダンジョン内に眠る資源に、多くの注目が集まった。


 国々はダンジョンをモンスターの巣ではなく、資源の宝庫と再認識する。探索者たちの活動によってモンスターの脅威が薄れた今、各国の上層部はダンジョンを、経済発展の道具として利用すると決めた。


 その結果――。




迷宮殺しダンジョン・スレイヤー。貴様が持つ探索者の資格を、剥奪する」


「……は?」 


 俺は唐突に、職を失う羽目となった。


 あまりにも急すぎる宣告を口にしたのは、この国の貴族。

 ここは、ウェスティット王国の中枢である王城の一室。……ダンジョンの探索から帰還した俺は、いきなりこの部屋に呼ばれ、わけもわからないまま貴族たちと面会し、そしてわけのわからない判決を下されてしまった。


「今までの活躍、大義であった。しかしもう貴様の力は不要だ。現時点をもって、探索者協会の名簿から貴様の名を削除する」


「いや、あの……もう少し事情を説明してもらってもいいでしょうか」


 流石に意味が分からないので説明を要求すると、目の前にいる貴族は面倒臭そうに溜息を吐いた。


「かつて、ダンジョンとはモンスターの巣と認識されており、諸悪の根源のように扱われていた。……だが知っての通り、近年はダンジョン内に眠る資源の重要性が叫ばれるようになり、我が国でも今後は無闇矢鱈にダンジョンを破壊しない方針を取ることにした」


 そこまでは俺も知っている。

 無言で頷き、話の続きを促した。


「今後、我が国はダンジョンとの共存共栄を図ることになる。……その施策において、貴様の存在は邪魔なのだよ」


 目の前の男は続ける。


「迷宮殺し。貴様の功績は大きなものだ。なにせ前人未到となる、S級ダンジョンの完全攻略および破壊……それを七つもやってのけたのだから。このような偉業を成し遂げた探索者は、貴様の他にいない。貴様はまさに、ダンジョンにとっての天敵と言っても過言ではないだろう。

 しかし……ダンジョンにとって天敵である貴様は、ダンジョンとの共存共栄においては邪魔になる。これ以上、貴様に探索者として活動されては困るのだ」


「それはつまり……実質、探索者協会から追放ということですか」


「そうだ。資格も、永久・・剥奪とする」


 つまり復帰できないということだ。


 まいったな……。

 顔に出そうな不満を、辛うじて抑え込む。


 元々、好きで英雄になったわけではない。ちやほやされたいから探索者になったわけでもないが――どうせ戦うなら世の中のためになりたいという細やかな気持ちがあったからこそ、数々の死闘を乗り越えてきたのだ。


 しかし、その努力がここにきて裏目に出るとは思わなかった。

 ダンジョンとの共存共栄。聞こえはいいかもしれないが……。


「……本当に、可能だと思いますか?」


「なに?」


「探索者として、俺は数々の現場を見てきました。その経験から言わせていただきますと、ダンジョンとの共存共栄なんて不可能です。……アレ・・は生きています。探索者が手加減すると、必ずつけ上がるでしょう。攻略を躊躇していると、あっという間にモンスターは増加し、世界はまたモンスターの脅威に晒されることになりますよ」


「ふん、馬鹿馬鹿しい。探索者の世迷い言にはうんざりだ」


 男は明らかに嘲笑した。


「昔と違って今は高度な武器の生産も可能になった。今の世の中、ダンジョンを破壊せずに維持することくらい造作もない。我が国で働く迷宮学の権威たちもダンジョンとの共存共栄には賛同している。……巷では英雄と呼ばれているようだが、勘違いするなよ? 所詮貴様はダンジョンを壊すことしか能がない、ただの傭兵だ」


 迷宮学の権威たちは、逆に現場を一切知らない奴ばかりなんだけどなぁ……。

 思わず溜息を吐く。


「分かったら去れ。これ以上、手間取らせるなら衛兵を呼ぶぞ」


「……はい」


 衛兵に止められるとは思わないが、わざわざ敵対するのも面倒なので従うことにする。


 現場を知らない貴族にはありがちの話だ。ダンジョンがどれほどの脅威なのかを知ることなく、楽観視して計画を立てる。そういう者に限って、俺たち探索者の意見は頑なに聞かない。


 やるせない気持ちのまま、俺は部屋を後にした。


「ああ、いや、待て。ひとつ忘れていた」


 部屋の扉を開ける直前、背後から言葉が聞こえる。


その仮面・・・・も返せ。確かそれは、我々が用意したものだった筈だ」


 男の言葉に俺は頷き、顔を隠していた真っ黒な仮面を外す。

 仮面を受け取った男は、馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「ふん……相変わらず覇気がない顔だ。これが迷宮殺しの正体と知れば、失望する者も多いだろう」


 それはそうかもしれない。覇気がない顔とは昔からよく言われていた。

 迷宮殺しとして活動する際は、常にこの仮面の着用を義務づけられていた。……俺の素顔にはこれといった特徴がない。黒髪黒目もそう珍しいわけではないし、仮面を外せば誰も俺が迷宮殺しだとは気づかないだろう。俺の正体を知る者は、極一部の者のみだ。


「ではな、迷宮殺し……いや。ただの平民レクト」


 今度こそ用済みとなった俺は、無言で部屋を去った。




 ◇




「サーグレット卿、お疲れ様です」


 迷宮殺し――レクトが去った後、壁一枚を隔てた別の部屋で待機していた貴族が、媚びへつらうような表情で現れた。


「うまくいきましたね」


「ふん、所詮は我々の指示通りに動いたおかげで成り上がっただけの、ただ平民だ。世間はあの男を持て囃しているが、我々からすれば代えが利く人形に過ぎん」


 男は下卑た笑みを浮かべて言った。


「迷宮殺しのトレードマークである仮面も無事に回収できた。これで……」


 男は仮面を握る手に力を入れる。

 バキリと音がして、仮面は砕けた。


「……迷宮殺しは死んだも同然だ。まあ使い捨ての英雄としては、それなりに働いてくれたな」


 足元に仮面の破片が散らばる。

 男はその破片を、嫌らしい笑みを浮かべながら踏み潰した。


「しかし、王女殿下が後で文句を言ってくるかもしれませんね。殿下は迷宮殺しにご執心の様子でしたし」


「放っておけ。殿下も世間も、どうせすぐに気づく。あのような男がいなくても、世の中は当たり前のように回るのだと」


「そうですね。再びああいう存在が必要になった時は、その都度代えを用意すればいいだけですし」


「ほぉ、貴様も政治というものが分かってきたではないか」


 はははっ! と二人の男は笑い合った。


 探索者協会は、探索者を支援するための国家機関・・・・である。

 つまり、国の政治を担う貴族たちの支配下にある組織と言ってもいい。男たちにとっては協会を操ることなど造作もなかった。


 探索者とは国家資格であり、探索者協会への所属が義務づけられている。

 その資格を剥奪するということは、協会からの追放を意味し――探索者の仕事が二度とできないことを表わしていた。今後レクトは、探索者として収入を得ることができず、更に探索者としてのあらゆる特権も行使できない。


 斯くしてレクトは、迷宮殺しからただの平民に成り下がった。

 じきに迷宮殺しという存在も、人々の記憶から忘れ去られるだろう。――貴族たちはそう思った。


「迷宮殺しは本人の意思で引退したと公表しろ。……次の時代に、奴は不要だ」






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