第2話 お祭り花火
久しぶりに来た水の都アクトゥールでは、街中がやけに賑わっていた。
街の建物は綺麗に飾りつけられ、街ゆく人々も、みんなお洒落な衣装に身を包んでいる。
「明日はこの都で伝統的なお祭りがあるのよ。」
以前に訪れた時に比べて、あまりにも様子が変わってしまったその街の景観を前に、ポカンとした表情で辺りを見渡しているアルド達一行に向かって、街娘が笑顔でそう話しかけてきた。
「…お祭リ?聞イタ事がありマス。確か昔ハ皆ガ裸にナリ、血沸キ肉踊ル、フェスティバルのようなモノガ、夜ナ夜ナ開催されテイタト…」
「…それどこのお祭りだよ。そんな事しないよ普通。」
リィカのその言葉に、思わずアルドが呆れた表情で驚きの声をあげた。
「…この都のお祭りはね、この豊かな水が永遠に続くようにという願いを込めて、毎年この時期に開かれているのよ。」
リィカとアルドのそんなやりとりを眺めながら、その街娘はそう言ってニッコリと微笑んだ。
「…カエルにとっても、水はとても大切なものでござるからな。」
そう言ってカエルのサイラスは、その娘の言葉に、機嫌良さそうに喉を鳴らしたのであった。
「なんだ兄ちゃん達、この都のお祭りに参加するのは初めてかい?」
そんなアルド達の会話を聞いていた通りすがりの少年が、無垢な表情でアルドにそう声をかけて来た。
「あぁ、そうなんだ。こんな盛大な祭りを見るは初めてだ。」
少年の言葉に、アルドは改めて街の飾りを眺めながらそう答えた。
「盛大なのは街の飾りだけじゃないよ。祭りの最後にでっかい花火を数発あげるんだ。あれは本当にいつ見ても圧巻だよ。」
「リィカ、花火見テミタイデス。」
少年の口から出てきた花火という言葉に、リィカが両目のレンズをピカピカと光らせる。
「せっかくだから、ヤコブじいちゃんに話を聞いてみるといいよ。この街の花火の事は、花火職人でもあるヤコブじいちゃんが一番詳しいんだ。」
こうしてアルドとリィカとサイラスは、少年が話すヤコブという爺さんの家へと向かったのだった。
◇◇◇
「…あいたたたた…」
ヤコブ爺さんの家を訪れたアルド達は、家の中でうずくまっているお爺さんの姿を見つけた。
「どうしたんだよ!?爺さん!」
その姿を見たアルドが、心配してすぐさまそのお爺さんの元へと駆け寄っていく。
すると…
「あいたたたた…!無理に動かそうとするな!そこの床に落ちたものを拾おうとしてな、ギックリ腰になってしもうたんじゃ…!」
そう言ってお爺さんの身を起こそうとしたアルドに向かって大きな声をあげるお爺さん。
「…なんだ元気そうじゃないか。」
そんなお爺さんの様子を見て、アルドはほっと胸を撫で下ろした。
「ただのギックリ腰でござったか。何か重い病気で倒れたのかと思って、ビックリしたでござる。」
そう言って、ケロロロと喉を鳴らすサイラス。
「ただのギックリ腰とは何じゃ!年寄りにとってはの、ちょっとの腰の痛みでも堪えるんじゃ!…あいたたた…」
そう言って腰を押さえながら再びその場にうずくまるヤコブ爺さん。
「ほら、無理をするから…どうしたらいいんだ?医者に連れて行けばいいのか?」
「しばらく休むと治るじゃろうて…じゃがこの腰じゃと今夜の祭りの花火が…」
アルドの言葉に、そう顔をしかめるおじいさん。
「アナタが花火職人というノハ本当だったンデスネ。」
リィカのその言葉に、床の上でうずくまったままのお爺さんは深くうなずくと、何かを閃いたかのようにこう言った。
「そうじゃ!あんたら、ワシの代わりに発注している火薬を受け取りに行ってくれんかの?火薬さえ手に入れば、調合するのは横になってても出来そうじゃからな!」
「…な…なんで俺達が…」
ヤコブ爺さんの突然の提案に、思わず後ずさるアルド。
だが、ヤコブ爺さんは全く臆することなく言葉を続けた。
「他の者達はみな祭りの準備で手が離せん!火薬は武器屋の近くで、ワシの弟子から受け取る事になっておる。それでは頼んだ…ぞ…」
そう言ってそのまま床の上へと倒れ込むお爺さん。
「…大丈夫か!?じいさん!」
それを見たアルドは驚いて、すぐさまお爺さん体を抱き起こした。
…だが、
「…ぐぅ。」
アルドの心配などよそに、そのお爺さんの鼻からは立派な鼻ちょうちんが膨らんでいたのだった。
「…顔色ト脈拍、呼吸ハ良好。大丈夫、タダ寝てイルだけデス。」
ヤコブ爺さんの生体反応を確認していたリィカがそう答えた。
「…紛らわしいな。」
こうして、いつの間にか眠ってしまったヤコブ爺さんの体をみんなでベッドの上へと運び終えると、アルド達はとりあえず武器屋の前にいるという弟子の元へと向かう事にした。
◇◇◇
「ヤコブ爺さんが倒れたぁ!?」
武器屋の前にいた筋骨隆々の大男に話しかけると、男は驚いた様子でそう声をあげた。
そんな男の大きな声に、道ゆく人達が数名こちらを振り向いたが、今はそんな事を気にしている場合ではなさそうだ。
「多分ただのぎっくり腰だから寝ていれば治るって言って、今は家で寝てるよ。とりあえず火薬さえもらえれば、寝たままでも調合できるからって、火薬を受け取ってくるようにように頼まれたんだけど…」
「困ったな…実は今朝になって火薬の染料が足りない事に気がついてな。ヤコブ爺さんの家ならいくつか在庫があるかと思ってたんだが…その調子じゃヤコブ爺さんに染料の補充は頼めそうにないしな…」
そう言って両腕を組みながら険しい表情で何やら考え込む大男だったが、すぐさま何かに気がついたようで、ポンっと一つ手を打つと、アルド達にこう提案をした。
「そうだ、あんた達!ついでにこのまま花火の染料も集めて来てくれないか?染料を作るにはティレン湖道にいるアイザックの葉、ブロイラーの赤いトサカ、そしてシーラスの鱗が必要なんだ。俺はその間にヤコブ爺さんの見舞いに行って、そのまま今夜の花火の打ち合わせをしてくるから、爺さんの家で落ち合おう!それじゃあ頼んだぞ!」
そう言って大男は、アルド達の返事も聞かぬままに、ヤコブ爺さんの家に向かって走り出していったのだった。
◇◇◇
ティレン湖道では、あまり時間がかからないうちにブロイラーの赤いトサカとアイザックの葉っぱ、そしてシーラスの鱗を集める事が出来た。
「それじゃあヤコブ爺さんの元へと帰ろうか。」
そう言ってアルド達は、再びヤコブ爺さんの家へと戻ることにしたのだった。
◇◇◇
「じゃあ花火が出来たら、祭り会場まで持って来てくれ!俺は発射台の準備をしてくるからな!」
アルド達がヤコブ爺さんの家に着くと、ちょうど大男が爺さんの家から出てくるところだった。
アルドはその大男に向かって、集めてきた素材を手渡した。
「ありがとう!確かにその素材で十分だ!じゃあその素材を爺さんに渡してくれるかい?俺は今から祭り会場に行って準備をしてくるからな!」
そう言って男はまた足早にその場を去って行ってしまった。
家の中に入ると、ヤコブ爺さんがベッドの上に腰掛けていた。
「もう起きても平気なのか?」
そう心配そうに声を掛けるアルドに向かって爺さんは、
「完全に平気という訳ではないんじゃがの。ゆっくり休ませてもらったおかげでだいぶ痛みが和らいだわい。弟子から話は聞いておる。火薬と染料となる素材をこちらに渡してもらおうかの。」
アルドは促されるがままに、ヤコブ爺さんに大男から預かった火薬と、モンスターから採れた素材を手渡した。
「それではしばし待たれよ…」
そう言ってお爺さんは、火薬の調合をはじめたのだった。
◇◇◇
「出来たぞい。」
アルド達が居眠りをしていると、爺さんがそう声を掛けてきた。
ベッドに腰掛けたままのヤコブ爺さんの周りには大きな花火の火薬玉が7個ほど転がっていた。
「…コレが花火にナルのですネ。」
リィカがとても興味深そうに、まじまじとその花火達を眺めている。
「すごいな。爺さんが一人でこれを作ったのか。」
アルドも感心した様子で、その火薬玉を眺めていた。
「すまんがワシはこの腰じゃ。よかったらこの花火を祭り会場の弟子の元まで届けてくれんかの。」
「もちろん!最初からそのつもりだったしな。」
そう言って笑顔を浮かべるアルド達。
「どうかワシの変わりにこの立派な花火を見届けてきてく…れ…」
そう言ってばたりとベッドへ倒れ込む爺さん。
「…爺さん!」
思わずアルドがその爺さんの元へと駆け寄ろうとしたが、リィカがすぐにそれを制した。
「…大丈夫、寝てイルだけデス。」
「…だろうな。」
ヤコブ爺さんの幸せそうな寝顔の上で、ぷぅっと膨らむ鼻ちょうちんを見て、アルドは再びほっと胸を撫で下ろしたのだった。
◇◇◇
すっかり暗くなった祭り会場では、流れている明るい音楽に合わせてみんな踊りを楽しんだり、普段は酒場でしか飲むことができないお酒をみんなでたしなんだりしていた。
ヤコブ爺さんから受け取った火薬玉を、無事大男の元へ届ける事が出来たアルド達も、都の人達同様に祭りを楽しんでいた。
「拙者、こんなに愉快なのは久しぶりでござるよ。」
「リィカもデス!」
踊りの輪の中でくるくると回りながら、リィカとサイラスもご機嫌そうに祭りを楽しんでいる。
そして、祭りが最高潮となった時に、この祭りのメインイベントとも言える花火が夜空に舞い上がった。
夜空を彩る見事な花火に、祭りに参加している人々の歓声が一斉に湧き上がる。
「本当に綺麗デス…」
リィカも初めて見る花火に感動しているようだ。
花火に見とれているアルド達の元に、例の大男がやってきて、そっとこう告げたのだった。
「あの花火の色はな、緑がアイザックの葉で、赤がブロイラーのトサカ、そして黄色がシーラスの鱗から出来ているんだ。どれもお前達が集めてくれた素材から出来ているんだよ。」
こうして、ヤコブ爺さんの花火は今年も華やかに祭りの夜空に咲き誇ったのであった。
◇◇◇
「いや〜、お前さん達には本当に世話になってしまったの。」
祭りの翌日。
ヤコブ爺さんの家を訪れたアルド達に向かって長い白髭を触りながら爺さんはそう言った。
ヤコブ爺さんは今やきちんと自分の足でその場に立っている。
「もう腰の調子はいいのか?」
「一晩休ませってもらったおかげでの、すっかりと良くなったわい。ほれこの通り…って
あいたたたた…」
アルドのその言葉に、その場で飛び跳ねてみせた爺さんだったが、すぐさま腰の痛みでその場にうずくまってしまった。
「おいおい。大丈夫かよ。」
「無理は禁物でござるよ。」
心配するアルドとサイラスを前に、ヤコブ爺さんは笑いながらゆっくりと起き上がった。
「大丈夫じゃよ。本当に腰はかなり良くなったんじゃ。」
「…だったらいいけど…。」
腰の痛みを訴えながらも、きちんと自分で起き上がることの出来たヤコブ爺さんの姿を見て、アルド達はようやく安心することができた。
「花火、トッテモ綺麗だったデス!」
リィカの言葉に、ヤコブ爺さんは満足そうに自分の自慢の髭を撫でながらこう言った。
「それは良かった。少しでも恩返しができて、ワシも安心したよ。…ところで、上がった花火の色の順番はどうじゃったかの?」
……………え?
……………花火の色の順番…?
ヤコブ爺さんのその言葉に、その場の空気が一気に凍りつく。
「あの花火には『豊作』とか『子宝』など、毎年打ち上げられた花火の色の順番で占いをしておってな。その結果を今日みんなの前で
報告しなくてはならない決まりになっておるんじゃが………言ってなかったかいの?」
「そんなの聞いてないぞ!?」
「…どどどど…どうするでござるか!?」
ヤコブ爺さんの言葉に、慌てふためくアルドとサイラスの横で、リィカが静かに口を開いた。
「…花火の順番ハ、赤、赤、黄色、黄色、緑…デス」
「おぉぉおぉー!それは本当か!?」
リィカの言葉に、目を輝かせて嬉しそうな声をあげるヤコブ爺さん。
「すごいな、リィカ。」
「よくあの一瞬で上がっては消える花火の色たちを覚えていたでござるな。」
驚いた表情でそう口々に述べるアルドとサイラスに対して、リィカはこう答えた。
「花火ガあまりに綺麗だったノデ、内部メモリーに保存してイマシタ。」
「おぉおおぉぉおぉー!その花火の順番なら今年は紛れもなく豊作で、子宝に恵まれ、綺麗な水も、絶え間なく流れ続けるぞー!」
こうして、今日も水の都アクトゥールでは、元気なヤコブ爺さんの声が響き渡ったのだった。
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