ケロケロ様、おいしいお料理とお祭り花火

むむ山むむスけ

第1話 おいしいお料理

〜バルオキーにて〜


「…困ったわぁ〜」


 道を歩いていたアルド達の耳に、ふとそんな女性の独り言が届いてきた。


 女性は腕を組み、小首をかしげながら「困ったわぁ〜、困ったわぁ〜」と繰り返し呟いている。


「…これは…話しかけないといけない雰囲気だよな。」


 女性のそばを足早に通り過ぎようとするアルド達の動きに合わせるかのように、その女性の独り言の声が、次第に大きくハッキリとしたものへと変わっていく。


 その様子はまるで、アルド達に悩みでも聞いてもらいたいようかのようだった。


「…えっと…困ったって、一体何をそんなに困っているんだ?」


 そんな女性の様子を見兼ねたアルドが、思わず女性にそう声をかける。


「あぁ!ちょうど良かったわ!誰かに悩みを聞いてもらいたかったところなの!」


 そう言って両手を胸元で構えながら、目を輝かせる女性。


(…わざと聞いてもらえるように、言ってたんじゃないのか…?)


 そんな風に思ったりもしたが、なんとなくその言葉はそっと飲み込んでおく事にした。


「実はね、明日お友達が私の家に集まることになってるんだけど、包丁の刃こぼれがひどくてね。硬いものが上手く切れないのよ。あなた達、もし王都ユニガンに行くんだったら、ついでに新しい包丁も買ってきてくれないかしら?ここから王都ユニガンに続く道にあるカレク湿原はモンスターが多すぎて、とても女の私一人じゃ通り抜けられないのよ。」


 確かにカレク湿原には、水系のモンスターが多数生息していると聞く。


 普通の村人である彼女が一人で渡るにはとても危険すぎるだろう。


「…いいけど…包丁なんてどこに売ってるんだ?」


 彼女に向かって、アルドがそう尋ねた。


「刃物だから武器屋に行けばあると思うの。別に包丁がなければナイフでもいいわ。要は具材が切れさえすればなんでもいいって事なのよ。それじゃあ私は他の料理の仕込みがあるからお願いね。」


 そう言って女性は自分が言いたいことだけをツラツラと述べると、アルドの返事すら待たずに鼻歌混じりにそそくさとお家の中へと入って行った。


「…仕方ない、とりあえず包丁を探しに行くか。」


そう言ってアルド達はバルオキーを発ったのであった。


       ◇◇◇


 女性からの依頼を受け、バルオキーを出たアルド達は、王都ユニガンにたどり着いた。


 途中カレク湿原では、ワニの姿をしたリチャードや半魚人のような見た目のサファギンなんかと戦ったりもしたが、何とか目的の地に辿り着くことが出来た。


 リチャードやサファギンと戦っていた最中に、カエルのサイラスが、


「さすが湿地帯というだけあって、ここはやたらと刃物を構えた水棲生物が出てくるでござるな。」


 とか言い出したので、アルドは思わず刀を携えたカエル姿のサイラスに対して、


(…それはお前も一緒だろ)


 とかつっこんでしまいそうになったが、そちらも何とか直前で堪えることができた。


 ユニガンに着いてすぐ、アルド達は武器屋に向かったのだが、そこの店主からはあっさりと、


「ここではあいにく包丁は扱ってないよ。」


と言われてしまった。


「…仕方がない。一旦バルオキーに戻って包丁はなかったって事をあの女性に伝えよう。」


 こうしてアルドは再びバルオキーに戻ることにしたのだった。


 帰りの道のカレク湿原でも、幾度となくモンスターに出会い、アルド達はそれらを倒しながら歩みを進めていった。


 そして数体目かのリチャードとサファギンに出会った時に事件は起きた。


 なんとサイラスの振るった刀を避けようとしたサファギンが、地面のぬかるみに足を取られてその場で尻もちをついたのだ。


 驚いたサファギンは、何やらピャーピャーと甲高い鳴き声をあげながら、手に持っていた刃物も放り投げてそのまま走り去ってしまった。


 サファギンの放り投げたその刃物をそっと拾うアルド。


 拾った刃物をじっと見つめるアルドに向かって、リィカがこう声を掛けた。


「…硬度ト光度、ソシテ使用サレテイル素材…コレは紛レモなく包丁ですネ。」


 なんと、サファギンが戦闘の際に一生懸命振るっていたのは、大きな包丁だったのだ。


      ◇◇◇


「まぁ!なんて素敵な包丁なの!?」


 バルオキーに帰ってすぐ。

 アルドは女性にサファギンが落としていった包丁を手渡した。


 包丁を手にした女性は、嬉しそうに包丁の刃先を眺めている。


「これだけ整った刃先なら、どんなに硬い食材でもちゃんと切れそうね。うん!これならきっとおいしいお料理が作れるわ!本当にありがとう!」


 そう言って笑顔を浮かべる女性。

 だが、アルド達にはまだ一抹の不安が残されていた。


「ですが奥方、それは先ほどまでモンスターが持っていた物。実際に戦闘に使われていたものの上、今まで何を切ってきたのか分かったものではないでござるよ?」


 女性の持つ包丁の事を案じたサイラスが、そう忠告をする。


…だが、女性の方はというと、サイラスのそんな言葉にも全く動じる様子もなくサラリとこう言ってのけたのだった。


「あら、別にいいのよ。…そこは隠し味ってことで。ね♪」


 そう言って先ほどまでの穏やかな笑みからは想像ができないほどに不敵な笑みとなった女性の姿を見て、


(…一体どんな料理が出来上がるんだろう…


と、背筋を凍らせたアルド達一行でありましたとさ。

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