第52話・助けてよりも火事だ!


「でも陛下はお怒りで去勢してしまえと言われてね。陛下の怒気に当てられたナーベラスは気絶していたよ」


 わたしもそう思う。過激かも知れないけど。あんな男は女の敵だ。前世の記憶があって良かった。前世の母は仕事で夜遅く帰って来るわたしを心配して良く言っていた。

『もしも変な男に後を追い掛けられたり、何か危ない目に合いそうになったら周囲に助けを求める言葉では無くて火事だと叫びなさい』と、よく言っていた。


 なぜと聞いたら「助けて!」と言う言葉よりも「火事だ!」と、いう声の方が注目を集めやすいのだと言われた。人は面倒事に巻き込まれるのを恐れるからだと。でも火事の場合は火元はどこだと確かめたくなるから誰かしら反応してくれると言っていた。


 前世では幸い変な男に絡まれたり、夜這いされるような事はなかったから前世の母の忠告の事はすっかり忘れていた。

 でもナーベラスが夜中に部屋に侵入してきた時に咄嗟に取った行動は、前世の母の教えと弟のアドバイスだった。弟からは男の急所を狙えと言われていた。


『あそこを蹴られたら痛すぎてしばらくは動けないから……』


 その通りだった。ナーベラスは身を屈めて涙目になりスーハー言っていた。

 その事を思い出したのかオウロが言う。


「ナーベラスは廃嫡されて公爵家を追われるだろうな。坊ちゃん育ちで苦労知らずだ。平民なんかになったら三日と持たないと思うぞ」

「自業自得ですね」

「これでマーリーの周辺も少しは静かになるだろうさ。誰しも去勢はされたくないだろうからね」

「やはりナーベラスは去勢されるの?」

「どうだろうな。でも、一回は見せしめに罰として与えておけば下心を抱えておまえに近づこうとする男らはいなくなるだろうよ」


 頑張ったなとオウロに頭を撫でられた。後日、ナーベラスは公爵家から廃嫡され、一から根性をたたき直してこいとご当主から叱責を受けて、辺境部隊に送られたそうだ。そこでの修行は相当きついと聞く。


 ナーベラスの平民暮らしは三日と持たないと言っていたオウロは、あそこに言ったら一日と持たないだろうな。いや、半日かも知れないと、苦笑していた。

 わたしには彼がどうなろうと興味の無い話。そこで反省してまっとうな人間になるのなら苦行として乗り越えて欲しいと思う。今までの事を反省してくれたらいいけれど、人はそう簡単に性格は変わらないと聞く。

 それでも少しは後悔して反省してくれる部分があればいいなと思う。


 ナーベラスの一件が貴族子息達の間で噂になり、皇帝の怒りをかった彼の二の舞になるのはこりごりだと悟ったのか、わたしに無駄に言い寄る男性達が急激に減った。夜会では遠巻きにされている。しつこい彼らの態度に辟易していたのでしばらくはこのままで良いと思う。


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