第53話・母親と恋話


「マーリー。あなたちゃんと寝ている?」


 数日後。母と二人でお茶を頂いていた時に心配された。顔色が良くないと言われる。自分では気にしてなかったが、他の人から見れば危うい感じを受けるらしい。

 確かにあれから就寝時間になると、カーテンに隠れていたナーベラスの事を思い出してすぐには眠れなくなっていた。


「今夜からは私の寝室にいらっしゃい。一緒に寝ましょう。マーリー」

「お母さま。大丈夫です。わたし子供じゃ無いし」

「そう?」


 幾ら寝れないからと言って母を頼るのは変な気がした。わたしは十六歳。成人とされる年を迎えているのに親と共に寝るなんて抵抗があった。

 心配そうにこちらを窺う母とはその後、たわいも無い話をしてその件はそれで終わったと思っていた。

 ところが就寝時間を迎えた時、寝間着にガウンを羽織った母が訪ねて来た。それも掛布を引きずりながら現れたのだ。なんだかそれが可笑しかった。


「一緒に寝ましょう。マーリー」

「お母さま?」

「ここで追い出されるとまた引きずって戻らないといけないわ」


 そこまでして一緒に寝ようという母が可愛いらしく思われてわたしは母を部屋に招き入れた。寝台に横並びで仰向けになり天蓋の天井を眺めながら話をする。


「マーリーと一緒に寝るのは七年ぶりかしらね?」

「わたしが9歳の頃まで一緒に寝ていたものね」


 母があの屋敷から出て行った日まで一緒に寝ていたのだ。わたしは母が大好きだった。父と思っていたパールス伯爵よりも。

 今思えばあの男のことを、父と呼びながらも心から慕っていたわけではないような気がする。あの男の機嫌を損ねないように顔色を窺っていたような気もする。

 あの男にとって最優先は母だったから。わたしはオマケだった。

 色々あったけどこうして実の両親と巡り会えて本当に良かったと思う。両親は仲が良いし、わたしの事を大事にしてくれている。二人の子供で良かったと実感しているところだ。


 二人がわたしを見る目は、他から見れば成人を迎えた娘に対するものとしては度を超しているように思えるかも知れない。二人はややわたしに過保護過ぎた。

二人は共にいられなかった日々を取り戻すかのように接してくるので、それを感じ取っているわたしとしても拒むことは出来そうになかった。


「お母さまはお父さまとどこで出会ったの?」

「王宮のお茶会よ。皇妃さま主催のお茶会に沢山のご令嬢達が招かれていたわ。そこにあの人も参加していて……」

「もしかしてお母さまはお父さまに見初められた?」

「そうよ。お互い一目で恋に落ちたの」

「その頃から仲が良かったのね?」

「まあね。マーリーもアンバー侯爵とどうだったの?」

「わたしはパールス伯爵に70過ぎのエロ爺に嫁げと言われてその嫁ぐ日直前に彼が現れて助けてくれたの。その時に恋に落ちたのかも……」


 誰にも前世の記憶があるなんてことは話していない。もちろん母にも。前世から彼を気に入ってましただなんて言えないし、あの日絶望した瞬間に「きみを助けに来た!」と、言って飛び込んで来た彼が天使に思えときめいたのは確かだからあの日から惚れているのだと思う。


 いつしか母親との恋話に夢中になっていた。

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