第50話・火元はここです。この人です。


「お忘れですか? 私はナーベラス。あなたさまの一番の信奉者です」

「誰か」

「人を呼んでも無駄ですよ。あなたの醜聞にしかならない」

「なんて人。もしかして女官の誰かを買収したの?」


 相手はこの国でも大きな影響を持つ公爵の嫡男。見目麗しいので若い女性には人気があるらしい。その彼がわたしの部屋にいると言うことは女官の誰かが買収されたに違いなかった。


「ええ。実家の借金がかさんで大変なある女官に支援を申し出たら喜んで共犯者になってくれましたよ。あなたさまもいずれは婿を迎える身。遅かれ早かれ私とこうなるのは決まっていたようなものですよ」

「随分と自信があるのね?」


 ナーベラスは悪びれる様子もなく、女官の買収を認めた。


「そりゃあ、この見目と血筋の良さからあなたの夫となるのは私以外にいない」

「あなたの説でいくと、わたしのお相手に最も相応しいのはオウロ殿下ということになるけれど?」

「あの御方はきっとアマテルマルス国の女王陛下に求婚を申し込むことになるでしょう。教皇との諍いが起きて救援を送ったのは女王の夫君を狙っての事でしょうから」

「まあ、想像力が豊かなのね。もうそろそろ就寝したいのでお帰りになって」

「そんなつれないことをおっしゃらないで下さい。ぜひ殿下の寝台で共に寝る栄誉を頂きたい」

「ごめんなさい。無理よ」

「なぜですか?」

「わたしの部屋に忍び込もうとした不審者には用がないからよ。さっさと出て行かないならこちらも考えがあるわよ」

「どうするのですか? 非力なあなたに何が出来ますか?」


 ナーベラスはせせら笑う。ここには私とあなたの二人きり。あなたは私の餌食になるしかないのに?

 そう言ってわたしに近づき、影際へと追い込む。その彼に向かってわたしは足を蹴り上げた。彼が足の股を押さえ込んでいる間に、壁に置かれていた燭台を手にして窓へと投げた。


 バリ──ッン。と、派手な音を立てて窓が割れる。そこからわたしは大声で叫んだ。


「誰か──っ。火事よ!!」


 派手な物音を立てた事で、外を警備していた兵がすぐに気がつきわたしの部屋の外に集まってきた。


「殿下──っ。火事はどちらですか?」

「ここよ。わたしの部屋よ。すぐに来てっ」


 何人か素早く部屋に駆け込んできた。


「殿下。火元は?」

「ここよ。この人を連行して」

「は?」


 一瞬、駆け込んできた兵は落ち着き払っているわたしと、その場で股間を押さえているナーベラスを見て複雑そうな目線を向けてきた。


「その不審者を摘まみ出して。この男はわたしの部屋に侵入していたわ」


 わたしの言葉に兵らはハッとした様子を見せ、すぐには動けそうに無いナーベラスを両脇から抱え上げて部屋から出て行った。

 わたしは窓ガラスを割ってしまったのでその部屋でとても寝る気にはなれず急遽、客室で就寝することになった。

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