第43話・僕の手を取れ
アンバー家の別荘に着いたときには夕刻になっていた。アンバー家の別荘は木立の中に身を隠すようにひっそりと建っている。王都の喧噪とは無縁で静かだった。
明日にはオウロと会い、皆でサフィーラ帝国に向かう予定となっている。馬車の荷をそのままに部屋で休憩を取っていると護衛の一人が堅い口調で来客を告げてきた。
「マーリーさま。お客様がいらしております」
「どなた?」
「ギルバード卿です」
「ギルバードさま?」
噂をすれば何とかと言うが、どうして彼がここに? と、思っていると侍女らの制止を振り切ってギルバードが部屋に乗り込んできた。
「やあ、マーリー嬢」
「何か御用ですの? ギルバードさま」
自然と声音がきつくなる。彼の父親であるシーグリーン侯爵が裏切ったということは彼も敵側に回ったということだ。その彼が訪ねて来たことに嫌な予感がした。それによってあることも思い出した。
──ギルバードは確かあの御方のお子よね?
あの恋愛乙女ゲームをしていなければ分からない情報だ。それを思い出した。その彼がここにいるということには意味がある。このタイミングで思い出せたのはタイミングが良かった。
「冷たい歓迎だね。あんなにも仲良くしていたのに」
「あなたさまのお父さまが裏切りなどされなければ愛想良く出迎えました」
「そう。なら僕の言いたいこと分かるよね?」
「分かりません。分かろうとも思いません」
「酷く嫌われたものだな。僕はこれでも宮殿一の美貌を持ち女性に人気のある男だよ」
「自分で自慢されるなんて痛い御方ですね」
「事実だからね」
ギルバードと向かい合うわたしの周囲にはサンドラ始め、他の使用人が取り巻いていた。
「教皇様に命じられて交渉に来られたのでしょう? あなたとの婚姻ならばお断り致します。ギルバード卿」
「さすがサーファリアスが気に掛けるだけあるね。頭の回転が速い。僕がみな言わなくても悟ってしまうんだから。それなら尚更、きみには断る選択肢はないと思うな」
わたしの言葉に周囲の使用人達が殺気立つ。ギルバードはそれでも余裕の態度だった。
「いいえ。例えあなたが教皇様のお子だとしても教皇さまのなさろうとしている事は倫理に反しています」
「そこまで分かっていたのか? お手上げだな。サフィーラ帝国の姫」
「僕の手を取れ。きみに危害は及ぼしたくない」
ギルバードの素性を知って使用人達は躊躇する様子を見せた。
「そうは行きません。わたしはサーファリアスさまの婚約者です」
「サーファリアスと婚約したの? あんな朴念仁止めておいた方が良いよ。あいつは仕事中毒なんだからさ。すぐに家庭を試みなくなってきみが後悔するだけだって。僕にしておきなよ」
「お断りします」
「つれないなぁ」
「それにあなたにはジェーンさまという許婚がおられるではありませんか?」
あなたには勿体ないほどの女性がと言ってやれば一瞬、顔を顰めた彼はすぐに愛想の良い顔に戻った。
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