第35話・お兄さまにはバレバレでした


「マーリー。大丈夫か? お兄さまだよ」

「大丈夫です。オウロさま。お静かにお願い致します。マーリーさまはただ今、お休み中ですから」

「ふ~ん。お休み中ね」


 病人の振りをする為にネグリジェに着替えてベッドに横になっているとオウロが訪ねて来たようだ。サンドラが速やかに部屋の外に出て対応してくれていた。


「まあ、いいや。これは見舞いだ。マーリーに渡してやってくれ」

「ありがとうございます」


 部屋に戻ってきたサンドラの手にはガラス瓶に詰まった蜂蜜キャンディーが入っていた。オウロにはお見通しのような気がする。


「お兄さまにはバレバレだったようね」

「さすが兄妹ね。本人は気がついてないみたいだけど」


 オウロとは半分しか血の繋がりはない。サンドラの目配せに曖昧に頷くことしか出来なかった。仮病だと気がつかないサーファリアスには申し訳ない気になってくる。



「なあに? あの鉄仮面のこと気になっているの? 少し心配させておけば良いのよ。マーリーをハラハラさせた仕返しよ」

「へ?」

「ジェーン嬢と親しくしていたんでしょう? あの朴念仁」

「仕方ないわ。あの御方は女性の目から見てもとても素敵な御方だもの」

「そうかしら? 顔だけでしょう?」

「サンドラったら。敏腕宰相さまでもあるじゃないの」

「まあ、確かに仕事はバリバリ出来るかもね」



 サンドラはサーファリアスとは乳兄弟のせいか評価が辛くなりがちだ。もう少し甘くなってもいいと思うのに。

 その日は部屋に籠もって誤魔化し、サンドラの協力もあって早めに寝てしまうことにした。


 ところがその晩──。


「目が冴えて眠れそうにない……。無理も無いよね。長い時間、昼寝したせいだろうな」


 病人の振りして寝台に収まっていたら、ぽかぽか陽気に誘われて寝入ってしまい、目が覚めたのは日が沈んでしまった後だった。

 サンドラは仕事が終わって自室に戻っている頃だろう。そんな彼女を呼び出す気にもなれず寝台からおりて窓辺に出ると満月が空に出ていた。

 この部屋は中庭に面している。その月明かりに照れされるようにしてオウロが立っているのが見えた。彼は何やら考え事でもしているようにも見える。

気になってガウンを羽織って外に出ると、オウロと目が合った。


「よおっ。仮病姫。眠れなくなったか?」

「お兄さま」

「そう怒るなよ。まあ、座れ」


 中庭においてあるベンチに二人で肩を並べて座る。オウロとの間にリンゴ二つ分ほど距離を取ったが、特に何か言われることはなかった。オウロには聞いてみたいことがあった。昼間だとサンドラ始め誰かしら側にいるので、聞くに聞けない。今は丁度二人きりだ。聞くなら今しかないような気がした。


「お兄さまに聞きたいことがあるのです。良いですか?」

「なんだ?」

「母はどのようにこの国に来てパールス伯爵と出会ったのだろうと思って」

「そこはまだおまえに話してなかったな。いいだろう」


 オウロは頷いた。ベンチで前屈みになり膝の上で両手を組み、深くため息を漏らす。オウロの横顔はサーファリアスとは違っていて、過去を思い憂いていた。


「前にも言ったが、サフィーラ国は末子相続が定番だ。今の皇帝は第三皇子で当時の皇帝に大層可愛がられていた。それを兄皇子達は快く思っていなかったようで、何度か失脚を企んで悪評を流したり命を狙われたりしてきた。でも第三皇子は運が良く側近達も有能だった」

「そこで兄皇子達は弟皇子に太刀打ち出来ないので、弟皇子の弱みとなる許婚に目をつけたと言うことですか?」


 オウロの言葉に自分の主観を付け加えると、オウロが注視してきた。

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