第34話・本当の事は言えません
「マーリー?」
「ああ。ごめんなさい。ではお兄さまは何色が良いのかしら?」
「この赤色がいいな」
「分かりました。お兄さまの瞳の色ですね?」
「おまえの瞳の色でもある」
「お揃いですね」
フフフと笑っていたらジェーン嬢と話を終えた様子のサーファリアスが現れた。
「この後、ジェーン嬢がもし良かったら昼餐を共にとおっしゃられているので一緒でも構いませんか?」
「俺は構わないぞ」
「わたしも大丈夫です」
「ではそう伝えてきますね」
そう言って彼女の元に向かった彼はしばらく返ってこなかった。その為、サーファリアスの分はどうしようかと思ったが、何色か購入することにした。
彼は何を刺繍したいのか分からなかったけれど、何色かあればこれで事足りるだろうと思って。お会計はサーファリアスにお任せした。
お店を出て向かった先は格式高そうなレストランだった。王都の外れの林の中にこじんまりとした館がありそこに兄に手を引かれて店内に入る。先を行くサーファリアスにはジェーンがエスコートされていた。
慣れた雰囲気の二人に到底自分では叶わないと思い知る。やはり五宝家の子息とご令嬢だ。二人はお似合いだった。その姿を後ろから見て胸がチクリと痛んだ。
レストランではすでにサーファリアスが頼んでおいたらしく待たされること無くお皿が運ばれてきた。
食事は偶然にも自分が好きなローストビーフ。でも隣り合って席に着き楽しそうに談笑するジェーンとサーファリアスを見ていたら、何だかムカムカしてきて美味しく感じられなかった。砂を噛んでいるように味気なかった。
「マーリー。全然食事が進んでないようだが嫌いなのか?」
「いいえ。好きよ。美味しい物は最後にとっておく癖があって……」
隣の席のオウロが心配してくる。向かいの席のサーファリアスにも注目されて顔に熱が集まるのを感じる。恥ずかしくて下を見れば「無理はしなくていいぞ」と、オウロに気遣われた。
「またサーファリアスに連れてきてもらえばいいじゃないか」
なあ、サーファリアスとオウロが言い、サーファリアスは「はい」と、応えていた。
「本当に大丈夫なの? マーリーさま。お熱があるんじゃなくて?」
ジェーンにも気遣われてしまった。優しさが身に染みる。この人は素敵すぎてヤキモチさえ妬く自分が矮小な気がしてしまう。
「マーリー嬢。帰りましょう」
「え? あの。大丈夫ですよ」
「無理は禁物です。さあ、手を私の肩に回して」
サーファリアスが側へやってきて気がつけば抱き上げられていた。お姫様抱っこと言うものだ。こんなこと前世でもしてもらった経験など無い。
「落ちないように私にしっかり捕まって」
「は、はいっ」
「ジェーン嬢。お先に失礼致します。ギルバードにはこちらに向かう際に連絡してあるのでそろそろ迎えに来る頃かと思います」
「ありがとう。私のことはお気になさらず。マーリーさま。またね」
「はい。ジェーンさま」
わたしを抱えてものともせずに外に止めてある馬車まで移動する。意外にもサーファリアスは力持ちだった。
その後ろをオウロが可笑しそうについてくる。屋敷に着くとサーファリアスは出迎えに出た使用人達を無視して私の部屋へと急いだ。途中、サンドラに会う。
「お帰りなさいませ。旦那さ……」
「マーリーが発熱したっ」
「えっ? 熱?」
サンドラが驚いている間にわたしは寝室まで運び込まれた。天蓋つきベッドの中に落とされてこちらを見下ろすサーファリアスと目が合う。何だか彼の顔をした別人を見ているようで怖い。
サーファリアスが顔を寄せてきた。
「熱は……」
「あの。サーファリアスさま。もう大丈夫ですから。後はサ……」
「マーリー。大丈夫?」
慌てて氷嚢を手にしたサンドラが登場し、サーファリアスはわたしから体を離した。
「さあさ。後は私がみますから。旦那さまは出て行って下さい」
「お、おい……」
サンドラは乳兄弟の気安さからなのか、サーファリアスを部屋から追い出してしまった。
「マーリー。辛くない?」
「あの。サンドラ。大丈夫だから」
「我慢しないのよ。マーリーは我慢強いから」
「大丈夫なの。わたし何でも無いから。実はね──」
サンドラまでわたしを病人扱いし始めたので、彼女に先ほどあったことを打ち明けることにした。
「なんだぁ。そうなの? あの鉄仮面がもの凄い顔して帰ってきたから何か起きたのかと思った」
「ごめんね。わたしがただ恥ずかしすぎただけだから」
「それにしても意気地が無いわね。あの男ったら。意外とへたれなのかしら?」
「何の話?」
「あ。え─となんでもない。あはっ。でもサーファリアスさまはマーリーの発熱を信じているようだし、今日はこのまま病人しちゃったら?」
「そんなの悪いわ」
「じゃあ、マーリーはサーファリアスさまに本当のこと話せるの? あなたに見つめられて恥ずかしいからですなんて言える?」
サンドラの問いにわたしは言えないとしか返せなかった。
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