第32話・お兄さまが出来ました


 それからすったもんだがあって、オウロはわたしがご厄介になっているアンバー邸で三ヶ月お世話になることが決まった。


「さあ、マーリー。これから王都に出かけるんだ。一緒にどうだ?」

「ご免なさい。お兄さま。今日はマリアンヌ先生が来る日なんです」

「マリアンヌ先生ってマナーの先生か?」

「ええ。もし、宜しかったら一緒に如何ですか?」

「遠慮しておく」


 誘いに来たオウロが「じゃあ、夕食でな」と、手を振って離れていった。オウロはわたしに「お兄さま」と呼ぶことを強要した。オウロには同母の二人の弟達がいるらしいが、彼にとっては冷めた態度の弟達は可愛げがないらしい。

 母親によく似た容姿のわたしを初めて会った気がしないと初回から好感を抱いていたらしく、毎日お誘いに来るがいつも勉強の時間に被っていた。

 せっかくお誘いに来てくれているけど、毎回断る形になってしまい申し訳なくなってしまう。


「明日はどうにかお時間作れないかしらね?」

「駄目よ。マーリー。明日はサーファリアスさまとの約束の日でしょう?」

「ええ。まあ……」


 付き添っていたサンドラがわたしの呟きを拾って駄目だと言ってきた。


「分かっているけど……」

「気持ちは分かるけど、妹のデートに兄が同行するなんて聞いたことないわよ」


 サーファリアスはこの屋敷の使用人達に、オウロはわたしと生き別れになったサフィーラ帝国の貴族の子息だと説明していた。皆、パールス伯爵家でのわたしの扱いを知っていただけに(この辺りはサンドラが話していたようだ)お兄さまと無事会えて良かったですねと自分の事のように喜び、彼を大歓迎してくれていた。

 オウロも「妹のマーリーがお世話になった。ありがとうな」と、涙ぐむ一面があり、皆ももらい泣きしていた。それには真相を言えないサーファリアスと思わず顔を見合わせたくらいだ。


 それなので当然サンドラもオウロをわたしの兄と認めていた。


「サンドラ、デートじゃないわよ。今度サーファリアスさまのハンカチに刺繍をして差し上げるお約束をしているから、その糸を選ぶのにお付き合いするだけよ」


 わたしの言葉にチッチッチとサンドラが人差し指を立てて違うわよと言ってくる。


「宰相さまがわざわざ糸を購入するですって? あり得ないでしょう? あの人なら使用人に命じれば良い事よ。これはあなたと一緒にいる時間を作りたいが為に、無理やり理由をこじつけてお出かけに持ち込んだに違いないわ」

「そうかしら?」

「そうよ。別に刺繍の糸なんて何色でもいいじゃない?」

「サーファリアスさまにはこだわりの色があるとか?」

「あの御方は優しいから練習台としてかもしれないし」

「違うわよ。だってあの人が興味を示したのはあなたが差した刺繍のハンカチだったから。あなたが私や他の使用人達にお礼にくれたハンカチを見て物欲しそうな顔していたもの」


 なんだかしっくりしないものを感じながらもマリアンヌ先生が待つ自室へと向かう。その時の会話をオウロが柱の陰に隠れて聞いていたとは知らなかった。

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