第29話・おまえにはうんざりだ


「リーリオ妃は使いの者が来て何もかも思い出しても、残してきたきみのことを気にしていた。あの屋敷を去る時、おかあさまとはいっしょにいかない。おとうさまのかえりをここでまつと言い張って屋敷から出ようとしなかったきみを置いてきてしまった事を今でも後悔している」

「どうして今更? もう少し早く……」



 隣に座るジェーンが膝の上で握りしめるわたしの拳を上から包むように握ってくれていた。黙って側にいてくれるジェーンが心強かった。

 オウロから掛けられた言葉に、母に置いて行かれた日が思い出された。9歳だったわたしは、母が屋敷を出た日、まさかこれがお別れになるとは思ってもみなかった。


 詳しい事情は何も教えてもらっていなかった。まだ子供のわたしに話して聞かせることではないと判断しての上かも知れないが、母は言えなかったにしろ父には話す機会はあったはずだ。母は記憶を取り戻しサフィーラ帝国に帰国を求め、その母を失って憔悴していたからにしてもお粗末すぎる。説明義務を怠ってなければこのような不幸は起きなかった。全ては父の欺瞞だ。父が母と出会った時に嘘をつかず正直に話して母をただ保護していただけなら、母は最後に父へ感謝してこの国を去っただろうに。


 きっと記憶を取り戻した母は父の事が許せなかったに違いない。一刻も早く自分を騙して9年間も側にいた男から離れたくて逃げ出したような気がする。


「パールス伯爵。あなたがしたことは許されざる行為だ。リーリオ妃を傷つけただけではなく、その娘さえ大事にせず後妻に好きにさせていた。リーリオ妃に嫉妬していた夫人の事だ。夫人にいたぶられるマーリーを見て気が済んだか?」


 オウロは父が母へ向けてきた愛情を9年目にして拒絶された恨みをわたしにぶつけていたのだと言った。

 言われてみれば母がいなくなってからの父は変だった。まだ9歳の子を継母が虐めているのを知りながらも止めもしなかったのだから。



「あなた。どうして言ってくれなかったの? そしたら私だってもう少し……」

「おまえは私の話など聞かなかっただろう? あの時もおまえと婚約の約束もしてないのに婚約破棄されたと王家主催の舞踏会で騒ぎ立ててくれたおかげで恥をかいた。しかも当時の陛下から事情聴衆される羽目になったしな。お咎めは無かったが他の貴族に侮られる結果となった」

「それは私のせいだと?」

「そうだろう? おまえとは許婚でも何でも無かった。私が隣国に一ヶ月旅行していて留守の間におまえは自分勝手に私と婚約していると吹聴して回っていた」

「それはお義母様が……」

「それも聞いている。侯爵夫人のお茶会での話題でふたりはそろそろ良い年頃だし、幼馴染みで気心知れているのでは無いかと言って参加者が騒ぎ立てたが、母は本人の意志に任せていると断ったようじゃないか」

「でもあなたは私と結婚して下さったわ」

「それは仕方なくだ。リーリオが去ってからどこにも嫁げずに悲惨な思いをしているからおまえをお嫁にもらってやってくれないかと、おまえの父が頭を下げてきたんだ。それを拒めるものか。私はおまえを妻として迎える気はなかった」

「なんですって? 酷いわ。そんな言い方」

「おまえにはうんざりだ。ダリアもおまえに似てよく考えもせずに口に出す。今回しでかしたことでもう我が家は終わりだろうよ」



 おまえを妻に迎えたことは自分にとって最悪でしかなかったと父は言った。それを聞いていたダリアが悲痛な表情を浮かべていた。彼女はこの二人は仲の良い夫婦と思い疑ってもいなかったのだ。


 その父が母を批難し、望んでなかったと言った。父親の本音を知り頭の中が真っ白になったに違いなかった。彼女の隣に座しているランスも、伯母夫婦の言い合いを見て居たたまれない思いをしているようだ。


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