第22話・悪役令嬢を挑発


 どうして忘れていたんだろう? ルビーレッド家のメアリー嬢と言えば、悲劇の王女としてこの国の者なら誰でも知っているほど有名なのに。彼女はこの国の王女として生まれながらも両親の離婚により母親は王妃の座を失い、実家であるルビーレッド家に娘の彼女と共に身を寄せていた。

 世が世なら彼女もルイ陛下と共に、王女としてあの壇上に上がっていたかも知れない。


「ねぇ、ギルバード。何か飲み物を持ってきてくれない? 喉が渇いたわ」

「分かったよ。メアリー。大人しくしていてね」


 メアリーが飲み物を頼むと、ギルバードは渋々従った。ギルバードはジェーンの許婚なのに、メアリーは彼を付き人のように扱う。それをジェーンにわざと見せ付けているように感じられた。

 いい人には思えない。性格が悪そうだ。ギルバードが完全に離れるのを待ってから彼女は言った。



「マーリー嬢だったかしら? あなたがパールス家の灰かぶりなのね? 話に聞いていたとおりだわ。悲劇のヒロインぶっちゃって。あなたって私がもっとも好きになれないタイプだわ」

「メアリーさま。初対面の相手に対し失礼ですわよ。何を根拠にそんなことを言われますの?」

「最近私の取り巻きになった子がいてね。その子から色々相談を受けているのよ。ダリア嬢と言うのだけど、マーリーさまはその子のことをご存じよね?」



 メアリーとダリアは繋がっているようだ。ダリアは宮殿の出仕も望めずメアリーに取り入ることにしたのだろう。そのダリアから色々とメアリーは吹き込まれているらしかった。人の上に立つ者として一方の意見しか聞かないというのは欠陥のように思われるが、そのことにこのメアリー嬢は気がついてないようだ。


 しかも元王女であっただけあって気位は高そうだし、面倒くさい性格をしているように思えてきた。類は友を呼ぶと言うが、ダリアとメアリーは良く似た気質なのかもしれなかった。


「よく存じております」

「可愛い子よね。いつも家族のことを案じていて。宰相閣下に上手いこと取り入った誰かさんとは大違いだわ。あなたのような人は男性に取り入るのも上手いのでしょうね?」


 ため息を漏らしながら応えると、メアリーが当てつけるように言ってくる。男性に取り入るだなんて目の前のこの人には言われたくない。人の許婚を物欲しそうな目で見るような女性なのだ。ジェーンの前での態度が良い例だ。彼女が淑女だとすれば許婚のいる者に馴れ馴れしく言い寄ったりはしないはず。

 言われっぱなしでいることに苛立ちを覚えてつい言い返してしまった。



「わたしが男性に取り入るのが上手いように見えますか? わたしなんてまだまだですよ。あなたさまには全然、叶わないと思います」

「なんですって?」

「淑女とは許婚のいる男性に甲高い声で言い寄り馴れ馴れしい態度を取ることなのですね? 初めて知りました。ご教授頂きありがとうございます。メアリーさま」

「失礼な。私を侮辱する気?」

「とんでもありません。一つ勉強になったと申し上げました」



 わざとメアリーの前でクスリと笑ってみせると、メアリーは手にした扇子を振り上げた。


「このっ」

「……!」


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