第17話・わたしごときが恐れ多いです

 それからの毎日は忙しくなってきた。講師が来て色々なことを教えてくれるのが日課となったからだ。自分にとって分からない事を学ぶ機会があるのは大変有り難かった。

 学び出すと中途半端に終わらせたくなくて、自分が納得いくまで教えてもらった。質問攻めにしてしまうことも何度かあったので、講師の先生方を辟易させてしまったかと後で反省したが、先生方にはそれだけ好奇心が旺盛らしいと良い方向に見てもらえていたようだ。

 後からサーファリアスによく褒めてもらった。彼に褒めてもらうのは嬉しかった。学ぶことは前世でも嫌いでは無かった。


 前世の家庭ではそんなに裕福でなかったし、弟が進学を目指していたからそれを応援する形で高校を出てすぐに就職した。特に目指したい大学もなかったし、両親の稼ぎでは子供一人を大学に入れるのがやっとだと言うことも分かっていた。親の負担にはなりたくなかった。

 でも働きに出てすぐに大病にかかってしまい、親より先に亡くなるなんて親不孝でしかなかったような気もする。

 もう少し生きることに貪欲になってみても良かったのかも知れない。前世の両親に親孝行出来なかったことだけが後悔だ。


 今日はダンスの稽古をしていた。貴族社会ではダンスは必須で出来ないと恥をかくらしい。サーファリアスが宮廷一上手いと認める相手がわたしの講師を務めてくれていた。

 勉強の方はどうにかなってもダンスは一人では出来ない。前世では運動音痴だったわたしにとって体を動かすことは苦手で、特にこのダンスの稽古は苦行に近かった。


「マーリー様。少し休まない?」

「あ。はい」


 わたしの反応を見てパートナーを務めてくれている美男子講師が苦笑を浮かべた。ダンスの間中、何度か足を踏んでしまっていたようで「痛っ」と、声が上がる度に「すみません」と、謝っていた。


 休憩の為、大理石の床張りの部屋の隅に二つ並べられた一人駆けの椅子に講師のギルバードとそれぞれ座る。そこへワゴンに乗せたお茶をサンドラが運んできた。

ギルバードは五宝家のシーグリーン侯爵の子息で、シーグリーン家特有の緑色の髪にエメラルド色の瞳をした見目麗しい美男子だ。


 サーファリアスの元をぶらりと訪れる彼は、暇を持て余しているとかでダンスの指導を行ってくれることになった。初めは大貴族の子息にダンス指導をしてもらうなんてとんでもないと思っていたが、彼の名前を聞いて仰天しかけた。彼もまた「ときめきジュエルクィーン」の攻略相手だったのだ。

 宮廷一のモテ男は浮名も凄かった。あの貴族令嬢として誰もが憧れる国一番の美人ジェーン・シルバー嬢を婚約者に迎えながらも、少年王ルイ陛下の腹違いの姉にしてオックス辺境伯家に身を寄せるメアリー嬢とも親しき仲だと聞くし、あちらこちらのご令嬢方と噂になっていた。


「もげればいいのに」


 思わず彼の婚約者ジェーンの心境を思い、呟いてしまう。彼は女の敵だ。ギルバードが両腕をさする。


「な、なに? 何か言った? マーリー嬢? 急に悪寒が」

「いえ。何も」


 すました顔で答えればそれ以上の追及はなかった。


「マーリー嬢。先ほどは上の空だったね? もしかして宰相閣下のことでも考えていたのかな?」

「いえ。とんでもない。わたしごときがサーファリアスさまのことを考えるだなんて恐れ多いことです」

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