第12話・前世の記憶持ちであることは言えません


「何か心ここにあらずだね? 何か気に掛かることでも?」

「いえ。何でも無いんです。気にしないで下さい」


 この台詞にも聞き覚えがある。サーファリアスは常に気遣ってくれた。

あのゲームの初回版では、サーファリアスが失恋したと思われるパール公爵令嬢ジェーンがヒロインだった。


「マーリー?」

「あ。ごめんなさい」

「先ほどから何か変だな? 何か困った事でもあるのか?」

「いいえ。ただ……」


 言いよどみながらどうしようと心は焦る。実はわたしには前世の記憶があって……などとは口に出せない事情があった。実はこの国では前世の記憶持ちは罪人として敬遠される傾向にある。

 国教であるルシアス教では前世の記憶を持って生まれた者は過去世で罪深きことを行い、それを償うために生まれ直したのだと信じられているからだ。

 容易に本当のことを言えないわたしは東屋に入る前に入れ違いとなった男女のことを思い出した。


「あの、先ほどダリアお嬢様に似た方を見かけたような気がしたのです」

「ダリアお嬢様? ああ、きみがいた伯爵家の長女か?」


 わたしの出した名前に怪訝そうな顔をしながらもなるほどとサーファリアスが頷く。


「それが気になっていたんだね? 安心していいよ。彼らはきみに接触してこないはずだから」


 彼は信じてくれたようだ。嘘をついてしまったことには罪悪感を覚えたが、本当の事は言えないし苦肉の策だ。


「そんなに気になるならここを出ようか?」

「あ。別に大丈夫です」

「本当に大丈夫か?」


 サーファリアスは優しい。ゲームの中の彼も優しかった。前世わたしが会社のことで悩んでいた時も彼の存在にどんなに励まされた事か。



──わたしはきみを信じている。



 その言葉に何度か救われてきた。目の前のあなたはそれを知らないけれど。


「大丈夫です。サーファリアスさま」

「そうか。何かあったら言ってくれ。今だけのことでは無い。屋敷の方でも不便があったら遠慮せずに言って欲しい」


 サーファリアスさまの心遣いが嬉しかった。今までの不運を拭うくらいに。


「サーファリアスさま。色々とお気に掛けて頂いてありがとうございます。お礼を言うのが遅くなってしまいましたが、パールス伯爵邸からこちらに連れてきて頂いて大変感謝しております。ありがとうございました」

「大したことはしていない。でもきみがそう思ってくれているのなら良かった」


 わたしはアンバー邸に来てからサーファリアスにまだお礼を言っていなかったことに気がついた。頭を下げながら不義理をしていたと思っていると気にしないで良いと言われた。

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