第9話・そう簡単に習性は直らないです

「では決まりだな。サンドラ。マーリー嬢の支度を頼むよ」

「畏まりました」


 サーファリアスは、壁際に控えていた侍女サンドラに声をかけると席から立ち上がり退出して行った。サンドラには小声で「これってデートじゃない?」と、冷やかされる。

 サンドラはサーファリアスの采配で、わたし付きの侍女になっていた。人前ではわたしのことをお嬢様と呼び立ててくれていたが、二人きりになるとわたしの願い通りに友人として接してくれている。


 彼女は当主のサーファリアスが出て行ったので気が緩んだようだ。ニヤニヤと笑いかけられて恥ずかしくなってきた。部屋に戻ってくると、彼女は腕まくりしてクローゼットを開いた。


「さあ、今日はどれにしようか? でも驚いた。あの鉄仮面でもあんな顔するんだね」

「サンドラ。失礼よ」

「だってあの人、私達の前ではキリッとして隙がないのよ。子供の頃からそうだったもの」


 サンドラの話は意外だった。彼女が語るサーファリアスは使用人達を貶すことはないけれど、あまり普段から感情を露わにすることがなく、淡々としているそうだ。その彼がわたしに優しい顔を向けるのが使用人達には驚きなのだと言う。


「あんな風に誰かに関心持つこともなかったし一時、パール公爵令嬢に好意を持たれていたみたいだけど、あの鉄仮面だから振られたみたい。それからは仕事に今まで以上に打ち込むようになっていたし」


 使用人達は皆、心配はしていたのよねと、彼女は言った。パール公爵令嬢。王妹だった母親が五宝家であるパール公爵のもとに降嫁して生まれた令嬢。大層な美人で他の五宝家のご子息は勿論のこと、貴族子息達の憧れの的でもある。

 その彼女にサーファリアスが好意を抱いていたと聞き、落ち着かない気持ちになった。サンドラはわたしの異変には気がつかずクローゼットの中を吟味していた。


 クローゼットの中は、わたしの為に用意されたドレスや宝飾品が沢山収納されていた。

 全てサーファリアスとサンドラが競うようにわたしの為に用意したものだ。ここに来てからわたしはサンドラに世話を焼かれて甘やかされているような気がする。

 自分の為に彼に散財させているように思われて申し訳なく思うと、サンドラは「気にしなくて良いよ」と言い、これは鉄仮面が好きでやっていることだからと付け加える。


 サーファリアスには二人の姉がいて、二人とも他家へ嫁いでいる。彼は幼い頃から姉に構い倒されていたので妹を欲しがっていたとも聞くし、わたしのことは妹が出来たように感じているのかも知れなかった。 


「マーリー。今日はこのドレスはどう?」

「ん? そうね……」

「マーリー。また、何か考え事? 何を悩んでいるのかは分からないけど、悩むだけ無駄よ。あとの事はサーファリアスさまが上手く取り計らってくれるから大船に乗った気で任せておけばいいの」


 サンドラにはわたしの心は読まれてないと思うが、そう悩むことはないと言われたような気がした。


「こちらの水色のドレスはどう? 気に入らない?」

「ううん。素敵。綺麗。わたしが着るには勿体ないほどよ」

「またマーリーったらそんな事言って。自己評価低すぎよ。あの糞伯爵夫人のせいでだと思うとムカつくわ」

「サンドラ」


 わたしの好きな空色のドレスが差し出された。そのドレスには銀糸で刺繍がされていて、幾つものパールが縫い付けられている。

 一介の侍女が着れるような代物で無いことは一目で分かる。いくら元は伯爵令嬢とは言っても九年間侍女として暮らしてきたのだ。使用人として生活してきた感覚はそう簡単に抜けそうにない。

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