第8話・推しのお誘い


 それから数週間が経っても、わたしはサーファリアスのいるお屋敷でお嬢様として扱われていた。でも七年間の使用人としての生活が身に染みついていてなかなか抜けなかった。

 朝は無駄に早く起きてしまうし、何かしてないと手持ち無沙汰で心許ない。

それをサンドラに相談すると苦笑された。


「マーリーは苦労性なのね。ゆっくりしていていいのよ」


 その言葉に罪悪感を抱いてしまう。使用人達が朝早く起きて作業している中、寝台の中にいるだなんて贅沢すぎて、自分が怠け者にでもなってしまったかのように感じられるのだ。

 その度にサンドラには今まで休みなく働いてきたご褒美だと思ってさ、なんて言われるけど気持ちはそう簡単に切り替えられそうになくて戸惑っている。

 前世でも真面目過ぎると、褒められているのか貶されているのか分からない言葉で評価されていたわたしだ。


 これといった趣味も特技もなく、高校卒業後すぐに就職したら、サッカー部で活躍していた高校生の弟から誕生日プレゼントとしてもらったのが乙女ゲームの「ときめきジュエルクィーン2」だった。


「姉ちゃんはさ、乙女ゲームなんて全く興味ないかもしれないけど、これ結構ハマるらしい。まあ、息抜きにやってみたら?」


 と言いながら差し出してきた。確かにそれまでゲームの類いなんて一つもやったことはなかったし、興味もなかった。でもその渡されたゲームのパッケージに描かれていた麗しい金髪に茶色の瞳をした男性の姿に強く惹かれた。美麗な容姿に右目の金の片眼鏡がよく似合っていた。サーファリアス・アンバー。

 

 現実にこんな女顔した垢抜けたイケメンなんているわけない。


 ゲームを始めたら現実の男性にはない頼もしさや、耳障りの良い声が気に入って、彼がわたしの中でお気に入りのキャラとなるのにそう時間は掛からなかった。

 その彼が現実に存在していて目の前にいる。

同じ世界にこうして生きていて向き合っている事が未だ夢のようで半信半疑だけど、もしもこの世界に神さまが存在するならお願いしたい。どうぞ夢なら冷めないでと。


 毎朝、彼と食堂で向かい合うこの時間は至福の時だ。


「マーリー嬢?」

「ひゃ、ひゃい」


 心の中で手を合せていたせいで反応が遅れた。緊張して声が裏返ってしまった。


「王都の噴水公園に行ってみないか?」

「公園ですか?」

「ああ。あなたも屋敷に籠もってばかりだとつまらないだろう? 噴水公園では今、薔薇が見ごろだと聞くよ。どうだろう?」

「良いのですか? サーファリアスさま。今日お仕事は?」

「勿論だ。今日は休暇だ。どうする?」

「ぜひ、行ってみたいです」


 彼からのお誘いを拒む気はしなかった。前世ゲームをやりながらこんな人が現実にいたのならと何度も願った。その人からのお誘い。嬉しくて涙が出た。


「マーリー嬢?」


 サーファリアスがこちらを窺う。慌てて何でも無いと目元を拭えばサンドラ曰く、あまり感情を露わにする事がないという彼が柔らかく微笑んでいた。

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